2010年から5年間カープを率い、25年ぶりの優勝への礎を築いた野村謙二郎元監督。この特集では監督を退任した直後に出版された野村氏初の著書『変わるしかなかった』を順次掲載し、その苦闘の日々を改めて振り返る。
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 さて、話をシーズンに戻そう。2010年、チームが低迷したもっとも大きな原因が投手陣の不調にあることは誰が見ても明らかだろう。チーム防御率4.80というのは前年より1.21も悪化、過去3番目に悪い記録となっている。

 チーム防御率4.80というのは自責点で計算されるから、実際は1試合5点以上取られている計算になる。つまりこちらが勝つためには6点以上が必要……これは厳しい。ちなみに翌年、チーム防御率は3.22に改善されるが、こうなると4点取れば勝てるということになり、だいぶ光明が見えてくる。

 この年、2桁失点はザラで大量点を与えた試合もたくさんあった。6月7日のオリックス戦では21失点、8月25日の阪神戦は22失点……阪神戦では試合後の会見も拒否しているが、よっぽど腹に据えかねたのだろう。

 僕は野球の勝負の大半は投手力がウエートを占めていると思っている。監督をやっているとき「監督は野手出身だから野手に優しい、ピッチャーに厳しい」とよく言われたが、野手出身だからというわけではなく、僕はピッチャーの重要性を痛いほどわかっているからこそ、ピッチャーに厳しくなる。2010年、僕がまずとりかかったのがピッチャーの整備だった。

 僕が最初にピッチングコーチの大野(豊)さんと話したのは、四球を減らしたいということだった。もともとこのチームは四球が多かった。打たれた場合、いくらいい当たりでも野手の正面に飛んでアウトになることがあるが、四球の場合は100%の確率で出塁を許してしまう。

 どのレベルの野球でも「先頭バッターが四球で出たら高い確率で得点になる」という言説は正しい。それがカープの場合、他球団よりさらに高確率で失点に結びつく。投げて打たれるのは仕方ない。ただしカウントを悪くすることと四球だけはやめよう―僕はそのように訴えたのだった。