◆怖さを感じていた育成時代
—育成選手として過ごした期間は、名原選手にとってどんなものですか?
「やはり大変でしたね。育成選手は一軍には上がれないので二軍が主戦場になります。その二軍でも出場人数が限られていますからね。僕は1年目と3年目に故障をしてしまいましたし、そういう意味でもすごく怖い期間ではありました。でも、そういう期間を経験できたからこその強みというか、他の選手にはない強みを持っていると思っています。育成時代に感じた怖かったという感情も全部含めて、経験できて良かったです。こういう立場になったからこそ言えますけど『育成契約だった、あの時間があったから今がある』と思っています」
—昨年一度戦力外となり、1カ月後に再契約となりました。あの当時はどのような思いだったのでしょうか。
「引退だったり、他の道、そういうことが頭をよぎりましたし、周囲にも相談はしました。けど、考えてもしょうがなかったですし、また育成契約をしていただいて、『ありがとうございます』という感謝がありました。実際に、言われたわけではありませんが、『今年ダメならもうないぞ』と言われている感覚でした。契約していただいた後は、とにかく『また頑張ろう、どうやって来年過ごすか』ということだけを考えていました」
—戦力外になる前と、後では意識に変化はありましたか?
「3年目と4年目もそうでしたが、一度戦力外になったからこそ、吹っ切れたというか、良い意味で気持ちが吹っ切れた感覚がありました」
(第3回に続く)
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