今季、育成から支配下登録をつかみ取ると、『気合と根性』で一軍に定着したカープ・名原典彦。周囲の育成選手が次々支配下となる姿に「悔しかった」と語った。同時に感じていた一軍の厳しさ、そして「プロ野球選手になった」と実感した瞬間とは。(全3回/第3回)
◆仲間の姿に改めて感じた、一軍に定着する難しさ
—名原選手は育成指名でカープに入団し、一度は戦力外通告も経験しました。これまで同じ立場の育成選手が支配下登録となる場面を見てきたと思いますが、どういう思いでいましたか。
「やっぱり悔しいですよね。1年目の時には同期の(中村)貴浩がシーズン序盤に支配下になって、プロ2年目には後輩の(佐藤)啓介、昨年は前川(誠太)と辻(大雅)がなって……そういう場面を見ていると、すごく悔しかったです。でも、悔しいという気持ちだけではありませんでした。啓介と貴浩は支配下になった後に少し苦戦していました。そういう姿を見ていて、『一軍に定着することは本当に厳しいんだな』と感じると同時に、支配下になることではなく、一軍の戦力になることが目標だと、思っていました。だからこそ、今年支配下にしていただいた時に『絶対に一軍で長くプレーしないとダメだ』と強く感じていました」
—背番号は121から92に変わりました。数字を意識することはありますか?
「あまり意識はしないです(笑)。一桁とかではないからかなとも思いますけど、やることは一緒ですからね。支配下になったからといって練習量が減るとか、態度が変わるというのはダメだと思うので、良い意味であまり意識していないかもしれません。でも、ユニホームや練習着を畳んだりしていると『やっぱり二桁って良いな』と思います。大きな番号ですけどね(苦笑)」

