選手をまとめ、チームの結束を強める『選手会長』。カープのこれまでの歴史を振り返ると、その時代に欠かせない主力選手や人望の厚い選手たちが選手会長を務めてきた。2026年シーズンの選手会長は、大瀬良大地以来2年ぶりに投手からの選出となった島内颯太郎。今季は自身にとって悔しいシーズンとなったものの、選手と球団の架け橋となって奔走した。
そこで今回は、かつてカープの選手会長を担った顔ぶれを、2000年以降に絞って辿っていく。後に監督としてカープを率いたあの選手から、連覇を支えたあの選手まで。全15名の選手会長を一挙に振り返ってみよう。
◆自身も故障に泣き低迷
2000年/緒方孝市(1年)
【チーム順位:2000年5位】
三村敏之監督時レギュラーに定着し、3年連続盗塁王となり、1998年以降は高い打撃力で打線の中軸をになった緒方。達川監督2年目の2000年に選手会長に就任。しかし、このシーズンは下半身の故障によりレギュラー定着後最低となるわずか21試合の出場に終わり、選手会長を1年で退いた。
◆北別府以来の投手選手会長
2001年-2002年/佐々岡真司(2年)
【チーム順位:2001年4位/2002年5位】
投手としては1987年の北別府学以来となる佐々岡真司が就任。2年間選手会長を務めた右腕は、2001年に開幕投手を務めてスタートしたが、オールスター明けからは抑えに転向するという鉄腕ぶりを見せた。2002年も開幕投手を務め、投手陣の柱として奮闘するもチームは低迷した。
◆1990年代の正捕手
2003年-2004年/西山秀二(2年)
【チーム順位:2003年5位/2004年5位】
黄金時代を支えた名捕手・達川光男の引退以降、1990年代に正捕手として君臨したのが西山だ。Bクラスが続いていた2003年から選手会長に就任するも、自身は60試合、22試合と出場機会を減らし、チームも2年連続で5位に。シーズン終了後に巨人に移籍し、翌年現役引退した。
◆低迷期に奮闘したエース
2005年-2006年/黒田博樹(2年)
【チーム成績:2005年6位/2006年5位】
長く投手陣を支えた佐々岡から、投手陣の柱となった2005年に選手会長に就任。黒田はこのシーズン、15勝をマークして最多勝のタイトルを獲得し、ベストナイン、ゴールデングラブ賞も受賞。翌2006年は防御率1.85で最優秀防御率に輝くなど、低迷する中でエースとして意地を見せた。
◆不動の4番がチームの顔に
2007年/新井貴浩(1年)
【チーム成績:2007年5位】
2005年に本塁打王に輝いて以降、不動の4番打者として活躍していた2007年に選手会長に就任。 28本塁打、102打点を記録するなどカープ打線の柱として、低迷するチームを引っ張った。2年連続で全試合出場、100打点以上を記録するも、この年のオフに阪神へFA移籍のため、1年で退いた。
◆過渡期のチームを支える
2008年-2009年/倉 義和(2年)
【チーム成績:2008年4位/2009年5位】 エースの黒田博樹、4番打者である新井貴浩がともにチームを去った翌2008年、選手会長に就任したのが、前年までに黒田とのバッテリーで存在感を見せていた倉だ。2008年は48試合、2009年は43試合出場と石原慶幸の第2捕手的存在ではあったが、厚い人望でチームを支え続けた。
◆先輩捕手からバトンタッチ
2010年-2011年/石原慶幸(2年)
【チーム成績:2010年5位/2011年5位】
2009年にWBCに出場するなど、球界を代表する捕手となった時期に先輩捕手である倉から選手会長を受け継いだのが石原。2010年は122試合に出場し、10本塁打をマーク。2011年にも110試合に出場と、低迷が続くチームで正捕手として、リーグを代表する捕手として奮闘していた。
◆松坂世代を代表するセカンド
2012年-2013年/東出輝裕(2年)
【チーム成績:2012年4位/2013年3位】
2006年以降、不動の二塁手としてチームを支えてきた東出。野村謙二郎監督3年目の2012年に選手会長に。故障もあり前年までの6年連続100試合以上出場から91試合出場にとどまり、2013年は開幕前に左膝の前十字靱帯断裂の重傷で一軍出場なしも、チームは16年ぶりAクラスを果たす。
◆チーム変換期に奮闘
2014年-2015年/梵 英心(2年)
【チーム成績:2014年3位/2015年4位】
同学年の東出から選手会長を受け継いだ梵。2014年は勝負強い打撃でチームをけん引し、2年連続3位に貢献。2015年は黒田博樹、新井貴浩がそろって復帰。梵は田中広輔の台頭で三塁手での起用が中心となり、出場機会を減らしたものの、高い守備力と経験で3連覇前夜を支えた。
◆25年ぶりのリーグ優勝!
2016年-2017年/小窪哲也 (2年)
【チーム成績:2016年優勝/2017年優勝】
代打の切り札として活躍していた2016年に選手会長に就任。自身は思うような結果を残せなかったが、キクマルコンビら伸び盛りの若手を盛り上げ、独自のキャプテンシーでチームを支え続けて、25年ぶりのリーグ優勝に貢献した。
◆扇の要がチームリーダーに
2018年-2019年/會澤 翼(2年)
【チーム成績:2018年優勝/2019年4位】
前年、初のベストナインに輝くなど正捕手として存在感を示していた2連覇中の2018年に選手会長に。規定打席未満ながらも打率3割を記録するなど、打てる捕手として持ち味を発揮。初のマツダスタジアムでの胴上げの瞬間にマスクをかぶり、初の胴上げ捕手を経験した。
◆コロナ禍を支えたいぶし銀
2020年-2021年/田中広輔(2年)
【チーム成績:2020年5位/2021年4位】
佐々岡真司新監督の下、スタートした2020年シーズン。新型コロナウイルスの影響により、NPBとしても未知の状況下であった年にチームも変換期を迎える。田中は右膝の故障もあり、2020年は112試合、2021年は81試合と出場機会を減らしたが、手探りの中でチームを支え続けた。
◆黒田以来の投手での会長
2022年-2023年/大瀬良大地(2年)
【チーム成績:2022年5位/2023年2位】
前年はチームのキャプテン制の導入に伴い、投手キャプテンに任命されると、翌年から選手会長に抜擢。2019年より連続で開幕投手を務め、チームに欠かせない存在へ成長した。2023年シーズンも開幕投手を任命され、黒田博樹に並ぶ5年連続での開幕投手を務めている。
◆家族一丸で目指すは“優勝”
2024年-2025年/堂林翔太(2年)
【チーム成績:2024年4位/2025年5位】
新井監督2年目となるシーズンに大瀬良から選手会長を引き継いだのは、当時プロ15年目のシーズンを迎えていた堂林翔太。現役時代から新井監督を慕い、護摩行を共にするなど『新井イズム』を引き継ぐ男が、ついに選手会長へ就任した。2023年シーズンには自身初となる4番に抜擢されるなど期待を集めたものの、2024年、2025年と、自身もチームも苦しむ時期が続いた。
◆投手としては5人目の就任
2026年〜/島内颯太郎
【チーム成績:2026年4位】
新井カープ4年目のシーズン、選手会長に就任したのはプロ8年目を迎えた島内。投手が選手会長に就任するのは大瀬良に続いて5人目となった。2025年シーズンには球団新記録となる通算118ホールドを達成するなどリリーフの要としてブルペンを支えたが、2026年は大きく登板数を減らす悔しい結果に終わった。
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