◆「広島でもナイターを」。こけら落としは1957年の阪神戦
そこで「広島にもナイター球場を」ということで、前述の旧西練兵場跡に県営球場よりもっと観客席の大きい球場の建設に踏み切った。建設費は財団からの寄付により捻出できた。これがのちの『広島市民球場』であった。
市民球場のこけら落としは1957年7月24日の阪神戦。ナイター開きも同時に行った。カープはこのゲームに1ー15で大敗したわけだが、それから22年後の1979年10月6日、2度目の優勝を決め地元初の胴上げを達成した。その日の相手も阪神で、見事にリベンジを果たしたのである。
旧広島市民球場の最大収容人数は3万2千人だが、オープン当時は1万8千人だった。1977年に外野スタンドを増築し、ブルペンがライトスタンド・レフトスタンド下に移動。さらに1986〜1987年には、内野指定席に2階席が増設された。
スコアボードが手動式から電光ボード&オーロラビジョンになったのが1993年。そこから2009年にマツダ スタジアムが開業するまで、52年間の長きにわたりカープの本拠地として多くのプロ野球ファンに愛された。
なお、旧広島市民球場最後の試合は2008年9月28日のヤクルト戦。6−3でカープが勝利を収め、旧広島市民球場の有終の美を飾ったのだった。
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