カープを支え続けるスペシャリストは、絶体絶命のピンチを救い、チャンスを確実に物にする歴戦の猛者たちばかり。その道を突き詰めてきた選手たちを、まずは攻撃陣から振り返ってみよう。

どのポジションでも彼に任せればという安心感のある上本崇司。

【ユーティリティプレイヤーとしてのスペシャリストたち】

木下富雄
トレードマークのヒゲ、ニックネームの「パンチョ」、バントの名手でもあった木下は、どこでも守ることができる貴重なユーティリティプレイヤーだった。センターとキャッチャー、そしてピッチャー以外はどこでも守ることができ、1970年代〜80年代のカープの黄金期を支えた赤ヘル戦士の一人だ。【1951年生、埼玉県出身。通算成績:1364試合出場、打率.240、48本塁打、106盗塁】

村拓也
1990年オフにドラフト外で日本ハムに入団した当時の登録は捕手であった。その後1994年オフにトレードでカープに入団すると1999年までにファーストとピッチャー以外の守備を全て経験。五輪日本代表としても、貴重なユーティリティプレイヤーとして選出さた。【1972年生、宮崎県出身。通算成績:1523試合出場、打率.262、53本塁打、103盗塁】

上本崇司
現役選手のユーティリティプレイヤーとして抜群の存在感を示す上本。どんなポジションに就いても安心して見ていられる高い守備力、巧みな走塁技術と俊足、近年向上した打撃力で、カープにはなくてはならない選手として活躍している。【1990年生、広島県出身。通算成績:396試合出場、打率.261、2本塁打、15盗塁(2022年シーズン終了時)】

試合を決める場面では、必ずといっていいほど登場した町田公二郎。

【代打のスペシャリストたち】

町田公二郎
1991年ドラフト1位で入団した町田は、セ・リーグの代打本塁打記録(1位タイ)を持ち、1990年代は浅井樹と共に左右の代打の切り札として活躍した。代打のイメージが強いが、内外野多くのポジションをこなせる器用さを持ち合わせ、当時のチームとしても非常に重宝した選手であった。2005年には阪神へ移籍し、2006年に現役引退。【1969年生、高知県出身。通算成績:955試合出場、打率.251、85本塁打、18盗塁】

浅井 樹
町田と並び、1990年代後半に活躍した、もう一枚の代打の切り札である浅井。当時の外野手には、前田智徳や金本知憲、緒方孝市らがおり、なかなかレギュラーとしては定着することができなかった。しかしその長打力はチーム1、2を誇り、半袖のユニホームを肩まで腕まくりをして打席に立つ姿を、思い起こすファンも多いはずだ。【1971年生、富山県出身。通算成績:1070試合出場、打率.285、52本塁打、41盗塁】

原 伸次
1980年に捕手としてカープに入団し、後に内野手に転向。当時、若い正田耕三やユーティリティプレイヤー木下富雄らとの併用で出場し、この時代のカープを支えた。卓越した打撃センスで代打としても活躍し、1991年には主に代打の切り札としてリーグ優勝に貢献。代打としてのイメージは薄いかもしれないが、数々の代打をこなしている、隠れた代打のスペシャリストだ。【1962年生、広島県出身。通算成績:440試合出場、打率.232、8本塁打、3盗塁】