各球団スカウトの情報収集の集大成であり、球団の方針による独自性も垣間見られるドラフト会議。カープはこれまで、数々の名スカウトたちが独自の眼力で多くの逸材を発掘してきた。

 ここでは、かつてカープのスカウトとして長年活躍してきた故・備前喜夫氏がカープレジェンドたちの獲得秘話を語っていた、広島アスリートマガジン創刊当時の連載『コイが生まれた日』を再編集して掲載する。

 今回は、1999年のドラフト4位でカープに入団し、プロ1年目から先発・リリーフとして活躍。2009年には大リーグにも挑戦した、心優しきサウスポー・高橋建の入団秘話をお送りする。

社会人チームからカープに入団し、ファンから“健さん”の愛称で親しまれた高橋建。現役時代は、チーム事情に応じて、先発・リリーフの両方で活躍した。

◆「優しすぎるんですよ、建ちゃんは。プロに入る前に、もう紳士になってたんですね」

 我々スカウト陣が最初、彼について知ったのは、大学(拓殖大学)の頃だったんだけど、その頃は投手としてではなく野手としてのものでした。実際に私が初めて見たのは、彼が大学を卒業してトヨタへ入って1年目の間もない頃、社会人野球四国大会が松山であり、その時に投手として投げた時なんです。

 「えーっ、こんないいピッチャー、大学にいたのか」と思って見たのを覚えています。

 彼がいた頃の拓殖大学は、その当時2部だったので、あまり見てなかったんです。で、東京担当のスカウトに聞いたら「いやぁ、見たけどあれはなかなか使えんですよ」という返事で…。でも、もうその頃、彼はピッチャーになってたから「いや、それがピッチャーとしてやってるんだ。いい球投げるぞ」と言ったら「それじゃちょっと注目しとかにゃいかんな」という話になり、1995年のドラフト4位で獲得しました。

 プロ入り後は、いいとこまで行くんだけど、フォアボールで崩れるんですよね。「どうしてあんないい球があるのにそれで攻めていけんのかなぁ」というのが、我々の気持ちでした。

 やっぱり持ち前の気の優しさがあるのか、それが悪い方に出て、「あーもうダメじゃないかな…、フォアボールを出すんじゃないかな…」というような不安な気持ちが出たところから崩れていくことが多かったように思います。

 ただ建ちゃん(高橋建)は、潜在能力は凄いものがあると思いますよ。地元以上に、中央の評論家に早くから高い評価をされていたらしいですし、本当はもっと勝ち星に恵まれてもいいはずだと思うんですが…(プロ入り8年間で39勝55敗)。崩れるパターンが大体いっしょですよね。年齢的な部分はどうこう言ってもしょうがないんで、あとは精神的なものしかないでしょうね。

 顔も気も若くて、投手陣のいい兄貴分だと思うし、黒田とともにチームを引っ張っていかないといけないんですけどね。やっぱり気が優しすぎるのでしょうか。

 見ての通り、顔も言動も優しくて本当に紳士的。でもその優しすぎる面が野球ではマイナスになってる部分もあるんですよ、建ちゃんは。ユニフォームの時も私服の時も同じような感じできてるからね。だからなかなかあの子は勝ち星に恵まれんのんじゃないかなという気がするんですよ。

 まあ彼の場合は歳をとってから入ってきてますからね。大学出て社会人にいき、26歳でプロに入ってきているわけで、年齢的なものからいえば、普通の私服を着ている時は、優しくて当たり前だと思うんですけどね。ただ、野球をする時は別に物を考えなければいけないと思います。立派な社会人として、ある程度完成されてからプロ野球選手になったって感じはしますね。

 入団した時は既に結婚していて、上の娘さんも生まれてました。いわゆる「子連れルーキー」だったんです。サラリーマンから、保証のないプロ野球に入っていくわけだから、これで家族を養っていくんだ、という気構えは持っていたと思いますよ。いい成績をあげなきゃ、家族を養っていけないわけですから。

 あの年入団した選手は、山内、横山、嶋、朝山などがいて、その中でも彼については、年齢的にいっても当然即戦力的な考え方はしてたんだけど、私から言わせれば、もっともっとやれるというふうには思っています。少し物の考え方を改めれば、今の状況を抜け出していけると思うんですけどね。

 実は家も近いんでたまに見かけるのですが、いつもあの優しい笑顔であいさつしてくれるんです。でもマウンドでは少し鬼に変身してもらえると、もっともっと勝てると思いますよ。その力は誰もが認めてるんですから。

【備前喜夫】
1933年10月9日生-2015年9月7日没。広島県出身。旧姓は太田垣。尾道西高から1952年にカープ入団。長谷川良平と投手陣の両輪として活躍。チーム創設期を支え現役時代は通算115勝を挙げた。1962年に現役引退後、カープのコーチ、二軍監督としてチームに貢献。スカウトとしては25年間活動し、1987~2002年はチーフスカウトを務めた。野村謙二郎、前田智徳、佐々岡真司、金本知憲、黒田博樹などのレジェンドたちの獲得にチーフスカウトとして関わった。

【高橋建】
1969年4月16日生、神奈川県出身。トヨタ自動車-広島-ブルージェイズ傘下-メッツ-広島(1995年ー2010年引退)。1994年ドラフト4位でカープに入団。2001年には先発として10勝、2006年にはリリーフとして54試合に登板するなど、先発・リリーフとして活躍。2008年オフにFA権を行使しメジャーリーグ挑戦を表明。2009年はメッツの選手としてメジャーで28試合に登板した。2010年にカープに復帰。その年、現役を引退すると、野球解説者として活躍。2016年からは阪神の投手コーチを務めている。