現役時代には新人王をはじめ、盗塁王、ゴールデン・グラブ賞に輝くなど、カープの主力選手として活躍した梵英心氏。

 カープ退団後は社会人野球エイジェックで選手兼任コーチとしてプレーし、2019年に選手を引退。2020年はJFE西日本硬式野球部のコーチを務め、2021年からはオリックス・バファローズの一軍打撃コーチに就任することが決まった。

 本連載では梵氏の著書「梵脳 失敗したらやり直せばいい。」を元に、梵氏が歩んできた野球人生に迫っていく。5回目の今回は、不振から脱却し復活を印象づけた2010年の活躍にスポットを当てた。

2010年、全試合出場を果たし、初の打率3割を記録。盗塁王とゴールデン・グラブ賞を獲得した。

◆野村監督との出会いが転機となり、初の3割を記録しタイトルを獲得

 新人王を獲得するなどこれ以上ないスタートを切った梵だが、プロ2年目からは不振に苦しんだ。

 タイトルを取ったばかりに「自分はもっと高いところを目指さなければいけない」と思い込み、実力以上の目標を自身に課したことが大きな原因だった。

 自分を模索し続ける日々が続くなか、2009年には同じポジションの石井琢朗(現巨人野手総合コーチ)が加入した。加えてルーキーの小窪哲也も頭角を現しつつあった。

 そんななか2009年の10月に野村謙二郎が監督に就任。長らく暗中模索の状態が続いていた梵にとって、駒澤大の大先輩の監督就任は大きな転機となった。

 秋季練習の第一クールを前にして、梵は突然監督室へと呼び出された。これまでと同じように「お前は二遊間だから、これまで以上にチームを引っ張っていかなければいけないぞ」と言われるのか、あるいは「プレーに覇気がない」と怒られるのか…。どんなことを話されるのか、緊張と不安のなか構えていたところ、野村監督の口から発せられた言葉は意外なものだった。

 「ヨギ、お前は今のままでいいから。このまま一生懸命やれよ」

 しばらく監督とは話をしたが、この言葉が強烈すぎて残りの会話はほとんど覚えていない。それほど梵にとって“自分の性格を認めてくれた”この一言は強烈だった。

 「自分は自分のままでいいんだ」。数年間、目に前にモヤモヤとかかっていた霧を吹き飛ばすような言葉だった。

 一気に気持ちが軽くなった梵は、これまでとはまったく違う心持ちで2010年シーズンに臨んだ。結果、その年は全試合出場を果たし、初の打率3割(.306)を記録。盗塁王(43個)、当時球団2人目となるショートでのゴールデン・グラブ賞も獲得した。

 しかし、すべてが順風満帆にいかないのが梵の野球人生だ。完全復活を印象付けながら、翌年の6月29日に悪夢が襲う。左膝へ強烈な自打球を当ててしまい、これからというところで戦線を離脱。この左膝膝蓋骨骨挫傷が、その後のプレースタイルに大きな影響を及ぼすこととなった──。(#6に続く)

●梵 英心(そよぎ えいしん)
1980年10月11日生、広島県出身。三次高-駒澤大-日産自動車-広島(2006~2017年)-エイジェック(2018年~)。2005年大学生・社会人ドラフト3巡目でカープ入団。2006年に新人王を受賞。2010年には初の打率3割(.306)を達成し、43個で盗塁王、ショートとしてゴールデン・グラブ賞にも輝いた。2013年には選手会長に就任。2017年オフにカープを退団。2018年に社会人野球・エイジェックで選手兼コーチとしてプレー。2019年10月11日に現役引退を発表。2020年にはJFE西日本硬式野球部のコーチを務め、2021年からはオリックス・バファローズの一軍打撃コーチに就任することが決まった。