『ハーレムRBI』の球場(著者がニューヨークで撮影)。アメリカでは、野球振興プログラムにより、子ども達が野球を続けられる環境が整っている。

 3年ほど前のある日のこと。交流のあるソフトバンクの和田毅投手からこんな相談がありました。

「たくさんサラリーをもらっているプロ野球選手が野球用具の提供を受けている一方で、野球が大好きで続けたいのに、経済的な事情で続けられない子どもたちがいる。プロ野球選手として、その現実から目を背けたくない。何か手助けできないだろうか」

 国民的人気スポーツだった野球も、最近では競技人口の減少が進んでいると言われています。練習できる環境がない、厳しい練習をしたくないなど理由は様々ですが、その一つとして挙げられるのが“野球をやるにはお金がかかる”ということです。

 ユニホームにバット、グローブ、スパイク、バッティング手袋など、試合に出るためのアイテムを揃えるだけでも数万円かかりますし、遠征などの費用も入れたらかなりの出費。成長期は買い替えの頻度も高くなり、高校入学を機に軟式から硬式に転向すると新しい用具が必要。となると、野球を続けたくても諦めなくてはならないケースも生じてしまうでしょう。

 このまま野球離れが進んでいけば、競技としても興行としても衰退していくばかり。野球に携わる人間にとっては死活問題ですが、実はこれ、野球界だけの問題とも言えないのです。

 私がニューヨークに住んでいた頃、近所に『ハーレムRBI』という学童野球リーグの球場がありました。RBIはメジャーリーグが支援している全米を対象とした野球振興プログラムです。子どもたちがドラッグやアルコールなど非行に走らないためにスポーツでエネルギーを発散してもらうことがプログラムの目的です。

 ハーレムRBIを訪ねて話を聞いたところ、ハーレム地区の子どもの約58%が高校を中退してしまうのに対し、ハーレムRBIの子どもたちは96%が高校を卒業し、93%が大学の入学許可を得ているとのこと(2012年のデータ)。

 つまり、野球を続けることが子どもたち一人一人の人生をよりよい方向に導いており、それが地域の保安にもつながっているということです。これは野球界だけに留まらない社会貢献性であり、スポーツの持つ価値と言えるでしょう。

 日本とアメリカでは状況が違いますが、日本でもスポーツをやめてしまった子がエネルギーをうまく発散できなかったり、新たな目標をなかなか見出せなかったりするケースがあると聞きます。自分で納得して引退したならいいのですが、子どもには解決できない家庭の事情が理由で辞める子がいるとなると、やはりそこに手を差し伸べたい気持ちが湧いてきます。

 置かれた環境に左右されることなく、やりたいことを納得するまで続けること。それは、本人の人生の充実にもつながりますし、まわりにいる家族や友達にも幸せをもたらすと考えられます。そういう子どもが一人でも増えれば、学校や地域にも幸せの連鎖が広がっていく可能性もあるでしょう。

 私が運営するNPO法人『ベースボール・レジェンド・ファウンデーション(BLF)』は野球振興を目的とした団体ではありませんが、野球を通じて人々を救うことが理念なので、野球をやりたいけどそれが難しい子どもたちに、人生が豊かになるよう手を差し伸べることは、我々の大事なミッションだと考えました。そこで、「野球を続けたい子どもたちの手助けをしたい」という和田選手とタッグを組み、昨年『DREAM BRIDGE』というプロジェクトを発足したのです。

 

岡田真理(おかだ・まり)
フリーライターとしてプロ野球選手のインタビューやスポーツコラムを執筆する傍ら、BLF代表として選手参加のチャリティーイベントやひとり親家庭の球児支援を実施。出身県の静岡ではプロ野球選手の県人会を立ち上げ、野球を通じた地域振興を行う。著書に「野球で、人を救おう」(角川書店)。