組織論・戦略論 などの視点から、近年のカープの強さ・魅力の秘密を紐解いていく、広島アスリートマガジンwebでしか体感できない講義・『カープ戦略解析室』。案内人は、高校野球の指導者を20年務め、現在は城西大経営学部准教授として教鞭をとるなど多彩な肩書きを持つ高柿健。5回目の今回は、“勝利の流れ”を生み出す力にスポットを当てた。

 

フロー型組織であるカープの財産

前回は34年間カープを支え続けた故・三村敏之元監督が掲げたトータルベースボールがもたらしたポジショニング戦略について話をさせていただいた。今回は逆転のカープが武器にしてきた“流れ力”について考えてみたい。

「大逆転は、起こりうる。わたしは、その言葉を信じない。どうせ奇跡なんて起こらない……」

これは、 2020年初春、幕内最小力士・炎鵬を起用した西武・そごうの広告内にある文言である。上から読めばネガティブな文章になるが、ひっくり返して下から読めばポジティブな文章に変わる。メインキャッチコピーである「さ、ひっくり返そう。」という言葉を、より際立たせるその仕組みが話題となった広告だ。 

「大逆転が起こりうる」のか「奇跡なんて起こらない」のか、どちらの言葉を“信じない”のかでその意味は逆になる。流れ(順番)を変えることで「大逆転は、起こりうる」のだ。

3連覇中のカープは、劣勢に陥った状況から何度も逆転勝利を収めるその様から『逆転のカープ』と称された。2016年は89勝のうち45勝、2017年は88勝のうち41勝、2018年は82勝のうち41勝を逆転勝利で収めた。『チャンステーマ・スーパー』(テレビ朝日系ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』の主題歌としても知られるSuperflyの『愛をからだに吹き込んで』を私設応援団がカバーしたもの)の波に乗ったチームが魅せるマツダスタジアムでの数々の逆転劇は圧巻だった。

こうした劇的なドラマでは“流れ”という無形の力を味方につけなければならない。第1回の連載で述べたように、フロー型組織であるカープは、特にこうした力を武器に戦わなければならないといえるだろう。

流れは相手を自らの意図の方向へと巻き込んでいく。その勢いを生み出すのがプレーの裏側に存在する選手の心理などの因果連鎖とスタジアムの雰囲気ではないだろうか。

試合終盤、カープファンと選手の思いはシンクロナイズ(同期)し、互いに共鳴し始める。「逆転できるかも」から「逆転できる」へと、ポジティブ・フィードバックが繰り返されるのだ。

そして、ついには相手をも巻き込んだ球流が生み出される。その動きはヒット商品やベストセラーが生み出されるしくみとよく似ている。マーケティングの権威であるジェフリー・ムーアがいう「一度トルネードが起これば、それまでくすぶっていた需要が一気に燃え上がる、需要の爆発ともいえるマーケティング界における現象の一つ」、トルネード現象である。

2017年7月7日のヤクルト戦、最終回に5点差を逆転した際に飛び出した新井貴浩の逆転3ラン本塁打や、2018年8月23日の9回に3点差を逆転した鈴木誠也のサヨナラ本塁打など、カープが巻き起こしたトルネードは超絶だった。

カープ3連覇の一番の収穫は、どんなに窮地に追い込まれようとも可能性を信じ、ファンとともに最後まであきらめず戦う思いを共鳴できたことだろう。