プロ3年目の2012年に全試合出場を果たし一躍、時代の寵児となった堂林翔太。しかし、翌年以降は結果を残すことができず、いつしか一軍と二軍の往復が定位置となっていた。かつてカープに在籍していた選手の中にも、堂林と同じようにスランプや故障により苦境に立たされた選手は数多くいる。ここでは苦難を乗り越え、見事に再起を遂げたカープ戦士たちのエピソードを振り返る。

両足に爆弾を抱えながらも、2007年に2000安打を達成した前田智徳氏。

◆前田智徳 足の故障から復活。打率3割達成でカムバック賞受賞

【2001年成績】27試合/27打数/打率.296/8安打/0本塁打/7打点
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【2002年成績】123試合/422打数/打率.308/130安打/20本塁打/59打点

 高卒ルーキー、しかもドラフト4位入団ながら、1年目から一軍に定着するなど、その才能を早くから見出された前田智徳。これ以上ない順風満帆のスタートを切ったが、そのプロ野球人生は度重なる故障と再起という苦闘の連続だった。

 1995年にアキレス腱断裂というアクシデントに襲われたが、1998年に打率.335をマーク。だが2000年、2001年と再びアキレス腱の不調に悩まされ打撃不振に陥った。

 特に2001年は1年目以来、11年ぶりの本塁打0に終わりどん底を経験したが、懸命なリハビリで翌2002年に再び打率3割をマークする劇的復活。4月5日の中日戦(広島市民球場)で本塁打を放った後に見せた涙は多くのファンの感動を呼んだ。