2025年12月、広島県で開かれた日本野球学会第3回大会で、「イップス特異的な皮質脊髄路興奮性増大:身体部位に対する能動的注意の影響」という発表が、大会特別賞を受賞した。
この発表は、東京大学の研究チーム(山﨑大輝、金子直嗣、桶川大志、中澤公孝)によるもので、エイジェックとの共同研究の一部でもある。
イップスとは、競技中に「今までできていたことが、できなくなる」ことを主な症状とする運動障害だ。ゴルフのアプローチ時や、野球の投球時に出現する症状が有名で、動きがぎこちなくなり、思うようなプレーができなくなってしまう。
技術的に高いレベルにあるプロ野球選手やプロゴルファーでも発症することはあり、日本ではMLBでも活躍した田口壮氏(元セントルイス・カージナルス)が、イップスによって遊撃手から外野手に転向した例が有名だが、発症が原因となって現役を引退する選手も決して珍しくない。
イップスを発症すると、パフォーマンスの低下や動作の崩壊を引き起こすことが多く、また、周囲から「イップスになっている」と指摘されることも多い。しかし、イップスのメカニズムや根拠は未だに解明されていない。つまり、「何が、どうだから、イップスである」という問いに、まだ決定的な答えは出ていないのである。
このように、決して珍しい症状でないのに選手生命を脅かすことがあり、かつ、メカニズムが分からない。そういった立ち位置の問題であるが故に、非常に関心度が高いテーマであることは、野球学会の特別賞をもうひとつ別のイップスに関する発表が受賞していることからもうかがえる。
今回の東京大学・山﨑大輝さんを中心とした研究チームは、イップスを脳や神経系の活動という切り口から解明しようとする研究に取り組んでいる。山﨑さんも高校まで選手として野球に携わっていたが、イップスを発症し、選手を断念した経緯を持っており、自身もイップスの神経メカニズムや改善法の確立を切望する一人である。
研究では、神経科学的手法を用いてイップスの診断マーカーやメカニズムに関する科学的エビデンスを提示し、最終的には症状を改善させる手法を確立することを目標としている。
従来の研究では、動作の異常に着目したものが多かったが、本研究では、経頭蓋磁気刺激という手法を用いて、イップス選手の神経活動を計測。イップスを発症している選手では、脳の一部分が過剰に興奮していることを明らかにした。この過剰な興奮を抑えることでの症状改善が期待される。
現在は「ニューロモジュレーション」という手法を用いて、脳活動や運動パフォーマンスを変調させる研究を進めているという。「精神的な問題」と長い間考えられてきたイップスが、「脳や神経系と関連する現象」であると捉えなおす知見を示しただけでも大きな進歩だろう。将来、改善法が確立されたとき、スポーツ界はきっと大いに盛り上がることだろう。

