2026年シーズン、ここまでチームで27盗塁をマークしているカープ。なかでも目を引くのが、2025年オフの現役ドラフトで入団した辰見鴻之介の活躍だ。同年のイースタン・リーグで2位に大差をつけて盗塁王に輝いた韋駄天は、新天地でもその武器を遺憾無く発揮し、存在感を増している。

 そこで今回は、かつてカープで俊足を活かして躍動したレジェンドたちの記録を振り返ってみたい。

 今シーズン10盗塁をマークしている辰見(5月25日時点)

◆三度の盗塁王に輝いた、カープの“切り込み隊長”

 1980年代の黄金時代の『1番・ショート』として3度の盗塁王(1979年、1980年、1985年)を獲得するなど、プロ野球歴代5位となる通算477盗塁を決めている髙橋慶彦。巨人との優勝争いとなった1983年、髙橋は巨人・松本匡史と現代では考えられないようなハイレベルな盗塁王争いを演じた。

 前年に61個で盗塁王を獲得していた松本は、1983年シーズンもシーズン序盤から快足で塁上を賑わせた。ファンからは青色の手袋、ビジターユニホームの水色も相まって“青い稲妻”のニックネームで親しまれた。

 髙橋も負けじと盗塁を積み重ねたが、最終的には松本がセ・リーグのシーズン記録となる76個で盗塁王を獲得(パ・リーグのシーズン記録は、阪急・福本豊の106個)。70個もの盗塁を決めた髙橋だったが、おしくも2位に甘んじる結果となった。

 この年に髙橋が記録した盗塁死28は、高木豊(大洋)と並んで現在も破られぬセ・リーグ記録。ただ果敢に先の塁を狙った上での結果だけに、決して恥ずかしい数字ではない。

 なお、髙橋が盗塁王を獲得した1985年の73個は、シーズンでは歴代9位の記録である。

 球団創立当初から『走る野球』を全面に押し出してきたカープだけに、機動力、盗塁に関する記録は盛りだくさんだ。なかでも1980年代前後の昭和黄金期は、古葉竹識監督の方針のもと常に次の塁を狙う意識が徹底されていた。

 それを表すように昭和黄金期の象徴である山本浩二と衣笠祥雄の“YK砲”も、出塁すれば先の塁を盗む意識を持ち合わせていた。両者ともに通算500本塁打、2000安打を記録するなど球界屈指の強打者として認知されているが、実は山本の通算盗塁数は231個。衣笠も266個を記録し、1976年には31個で盗塁王に輝いている。古葉監督が、いかに選手たちに走る意識を浸透させていたかが見て取れる数字だ。

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