カープに移籍後、ブラウン監督に見出され外野のレギュラーに定着。16年には幾度となく痺れる場面で華麗に塁を盗み、25年ぶりの優勝に貢献した赤松真人。病魔にも苦しんだ現役生活を通じて感じ入ったファンへの感謝を語り尽くす。

─ チームは16年に25年ぶりのリーグ優勝を果たし、赤松コーチも終盤の守備固め、代走でご活躍されましたが、そのオフに胃がんが発見されました。生活の変化を余儀なくされた部分はありますか?

「生活を変えるというか、変えなきゃいけない、そんな感じです。胃を切ったダメージは大きかったですね。とにかく食事量を増やせないんです。僕はプロのアスリートとしてその日の消費カロリー以上のカロリーを摂取しないといけません。それまではいろいろなものを食べてそのカロリーを摂取できていましたが、こまめに食事をしなければならなくなりました。
また高カロリーのものは、味が濃くて結構胃がダメージを負ってしまうんですよね。摂取カロリーよりも運動エネルギーの方が多いと非常に疲れますし、僕の場合脂肪がないので特にフラフラになっていました」


─ 今改めて現役生活を振り返ってみて、どんなプロ野球選手人生でしたか?

「大した成績を残したわけではありませんが、いろいろな経験をさせてもらいました。人的補償での移籍という貴重な経験もあったし、オールスターにも出場することができました。ゴールデン・グラブ賞もあったし、フェンスにも登らせてもらって、3試合連続ホームランも打ったし、優勝もしたし、病気もしたし。いろいろなことが重なって、普通の人が味わえないような野球人生だったと思います」