◆自分もプロで通用できるかもしれない

「ひょっとすると、俺もプロで通用するかも」

 いつの間にか、そう考えるようになった。そして年が明けた1977年1月、地元出雲市で広島東洋カープから講師を招いて少年野球教室が開催された。講師は当時一軍打撃コーチの山本一義さん。そして前年に最多勝と沢村賞に輝いたエースの池谷公二郎さん。我々軟式野球部は、グラウンド整備や道具運びなどの手伝いをする事になった。

 野球教室終了後行われた食事会で、私はお二人からプロ野球について直接話を聞き、何とかプロへの道を開きたいと思った。しかし、各球団の公式の入団テストは既に終わっている。

 そこで私は出雲商高で1年生の時に監督を務めていた、法政大OBでプロ野球関係者にも知り合いが多い、谷本(武則)さんに相談してみた。谷本さんは最初は南海ホークス(現福岡ダイエー)の関係者に直接電話をしてくれた。しかし私は「パ・リーグよりもセ・リーグがいいです」と断った。私のわがままを聞いて谷本さんは尋ねた。

 「セ・リーグなら巨人か? 阪神か?」

 私は即座に答えた。

 「同じ中国地方で隣県である広島カープがいいです」

 こうして私は異例中の異例となる二軍キャンプでの入団テストを受け、晴れてプロ野球選手としての人生をスタートしたのである。

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