◆カープは深刻な『左腕不足』が課題だった

 佐竹の獲得を決めた背景には、当時のカープが深刻な左腕不足に悩んでいた事があります。

 ドラフトで彼を指名した1999年シーズン、カープは登録した投手30名のうち左投手は高橋建、吉年滝徳、田中由基、菊地原毅と、移籍入団した山田喜久夫、入団テストを経てドラフト8位で指名した広池浩司の6名しかいませんでした。左投手は本来なら10名近くいるのが理想なだけに、当時のカープ投手陣では層の薄さは否めませんでした。

 この1999年秋のドラフトでは、カープは1位に競合覚悟で國學院久我山高の河内貴哉を指名する事を既に決めていました。そしてさらに中継ぎとして使える即戦力左腕の獲得も、このドラフトでは求められていたのです。

 即戦力であれば、社会人もしくは大学生という事になるので、佐伯の情報をもとに私は佐竹を実際に見る事にしました。スピード、変化球の切れ、コントロール、さらにフィールディングも含めたバランスが良いと感じたので「即戦力として必ず活躍するかどうかはわからないが、1〜2年ほどファームで鍛えれば、一軍でリリーフとして使えるだろう」と感じて採用することにしました。

 担当スカウトだった佐伯が指名直前の1999年秋にスカウトからコーチに転身することになったので、指名前の会社との交渉からは私が代わりに担当しました。NKKの監督さんなど関係者には「下位でよければ指名します」と話をして、了解を得ました。こうして11月19日のドラフト会議では5位で指名する事が出来ました。

 初めて会った佐竹の印象は、非常におとなしかったように思います。ただ挨拶もしっかりとできていたし、性格はとても良い子だなと感じました。 

【備前喜夫】
1933年10月9日生〜2015年9月7日
広島県出身
旧姓は太田垣。尾道西高から1952年にカープ入団。長谷川良平と投手陣の両輪として活躍。チーム創設期を支え現役時代は通算115勝を挙げた。1962年に現役引退後、カープのコーチ、二軍監督としてチームに貢献。スカウトとしては25年間活動し、1987〜2002年はチーフスカウトを務めた。野村謙二郎、前田智徳、佐々岡真司、金本知憲、黒田博樹などのレジェンドたちの獲得にチーフスカウトとして関わった。

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