シーズン後の秋季キャンプ、森笠繁二軍打撃コーチとマンツーマンで打撃を模索する彼の姿があった。

 「付きっきりで森笠コーチが見てくださいました。下半身の使い方、腕の使い方、あらゆる部分を教わりました。僕はバットが遠回りしていたので、速い球をファールしてしまう課題がありました。力むとバットがスムーズに出てきません。力まずにスムーズにバットが出せるように練習を繰り返しました」

 力むからバットが遠回りする。ならば、力まないような心理状況をつくりだせばいい。それは違う。極限の状態であっても、理に適ったメカニズムでバットを出せる技術を自分のものにしたい。方向性は固まった。2020年、上本はシーズンオフを満喫することもなく、自主トレの地である宮崎県に向った。

 「もう、後はありません。打つしかありません。そうすれば、守備や走塁も生かすことができます。そうすれば、試合に出ることができます」

 普段は物静かな男である。タレント顔負けのパフォーマンスを見せることもあるが、ロッカールームや自宅では静かに考えを巡らせることが多い。それだけに、自分の存在意義や可能性を考えることも少なくない。30歳のシーズンが始まる。
 

 

 キャンプに入れば、また、円陣の中心から笑いを生み出すことであろう。そして背番号0の存在がチームメートを笑顔にすることは想像に難くない。

 しかし、心から笑うために、自分自身を笑顔にするために。上本崇司は、あの揺るぎないスイングを自分のものにする。30歳への誓いは、チーム全体の笑顔に直結していくに違いあるまい。

取材・文/坂上俊次(RCCアナウンサー)
1975年12月21日生。テレビ・ラジオでカープ戦を実況。 著書『優勝請負人』で第5回広島本大賞受賞。2015年にはカープのベテランスカウト・苑田聡彦の仕事術をテーマとした『惚れる力』を執筆した。