◆9月に入り投手陣に“ムチを入れた”

 彼が出てきたタイミングも良かった。シーズンの折り返しとなるオールスター直前。そこにうまくはまったことで後半戦の戦いに弾みがついた。この時期、エルドレッドは不調で二軍に落ちていたが、僕の中ではここからエルドレッドとキラの2人がいつ揃い踏みできるかということが焦点になっていた。

 後半戦は5位からスタートしたものの、8月13日からは7カード連続で初戦に勝利することができた。やはり3連戦の頭を取る効果は大きく、チームの戦い方に余裕ができるようになった。実はこの時期、僕はピッチングコーチと顔を合わせ、いつから先発ピッチャーの間隔を詰めて投げさせるか相談をしていた。いわゆる“ムチを入れる”というヤツだが、8月上旬に話したときは「まだ待とう」ということになった。

 それが「GO」となったのは、9月10~12日の神宮でのヤクルト3連戦。そこからマエケンは中4日で巨人戦に先発することになる。8月は我慢して我慢して、9月半ばにギアを上げる―ただ、8月は我慢したというよりもほぼ2勝1敗のペースで勝てていたことで無理をする必要がなかったと言った方が正しい。

 そして9月に入って投手陣を集め「ここから行くぞ。覚悟はできているか?」と話したら、みんな目の色を変え「行きます!」と答えてくれた。秋の戦いを前にチーム全体が「2012年の二の舞は演じないぞ」という強い気持ちになっていた。

 その言葉には本当に勇気づけられた。そこで一致団結して「行こうじゃないか!」となったときには、ありがたいという気持ちとなんとも言えない熱い気持ちの両方が一緒に胸にこみあげてきた。

●野村謙二郎 のむらけんじろう
1966年9月19日生、大分県出身。88年ドラフト1位でカープに入団。プロ2年目にショートの定位置を奪い盗塁王を獲得。翌91年は初の3割をマークし、2年連続盗塁王に輝くなどリーグ優勝に大きく貢献した。95年には打率.315、32本塁打、30盗塁でトリプルスリーを達成。2000安打を達成した05年限りで引退。10年にカープの一軍監督に就任し、積極的に若手を起用13年にはチームを初のクライマックス・シリーズに導いた。14年限りで監督を退任。現在はプロ野球解説者として活躍中。