2017年ドラフト1位で入団し、大きな期待をかけられながら、もがく日々が続いていた中村奨成。2025年シーズンの飛躍のきっかけとなったのが、二軍打撃兼走塁コーチ(当時)の福地寿樹コーチだ。『良い素質はある。ただ、中途半端』と感じていた8年目野手の覚醒の裏にあったエピソードとは。その舞台裏を福地コーチが語った。

福地寿樹コーチ

 2023年、カープの二軍打撃兼走塁コーチに就任した福地寿樹氏。広島時代は4年連続二桁盗塁を記録し、ヤクルトへ移籍した2008、2009年には2年連続で盗塁王に輝いた。俊足でも知られたスイッチヒッターは、現役引退後は指導者として長年後進の育成にあたってきた。その福地コーチのもとで、2025年シーズンに大きく飛躍を遂げたのが中村奨成だ。

「 (中村)奨成が入団した当時、私はヤクルトでコーチをしていました。対戦相手として見ていた奨成は『足が速く打撃も良い非常にポテンシャルの高い捕手』という印象でしたが、コーチと選手として同じチームになってみると、正直なところ、当初はプラスの印象は全くありませんでした」

 素質としては素晴らしさは誰もが認めるところだ。ただ、中村奨のなかに垣間見える『中途半端さ』が福地コーチは気になっていたポイントだった。

「中途半端というか、『自分で納得してしまう』部分があるように感じました。二軍では結果が出るので、『これでいける』という感覚があったのでしょう。でも、一軍に呼んでもらうと結果が出ない。当時の奨成は、その繰り返しでした」

 入団時の期待が大きかっただけに、その後の中村奨は年々追い込まれていく。一軍でなかなか結果を出せない日々……。

「そうした状況を周りが気づかせようとしましたが、奨成はわかっているようでありながら、核心の部分ではまだ納得し切れていないように見えました。背番号を重くする、ドラ1だと言われるけれど、そんな扱いはしない……と何度も伝え、こちらとしても、甘やかさない、けれどチャンスは与えるというスタンスで接することにしました」

 そうした周囲の空気に、徐々に中村奨にも変化が生まれる。「今年が最後。後がないと思っている」2025年シーズン、何度も繰り返し口にした言葉には、大きな覚悟が込められていた。

「『今がチャンス』だと思いました。自分から発信することで、本当に自分自身を窮地に追い込むことになると思っていたからです。逆境を跳ね返す反骨心をもともと持っている選手ですから、それが良い方向に影響したのだと思います」

 福地コーチは中村奨と対話を重ねた。春先、オープン戦で苦しむ姿を見て、二軍の遠征先で打撃フォームの変更を提案する。

「ただ、(フォームを)変えると戻れないぞ。その覚悟はあるのか?とは聞きました。すると、『打てるなら何でもやります』と言うのです。その時、今の奨成ならきっと飲み込んでくれるだろうと感じました。ただ、今までのフォームとは違うのですから、違和感もあるはずです。奨成は、そこを我慢して貫いてくれました。今年成績が残せたのは、彼が我慢をし、貫いた結果だと思います」

 プロに入って8年目のシーズン、中村奨成は『間に合った』のだと福地コーチは言う。

「ここで足踏みをせず、突き進んでもらいたい。そんな奨成を、私たちも全力でサポートしていきたいと思っています」

 2026年シーズン、福地コーチは一軍打撃コーチに就任した。2018年以来となる優勝に向け、師弟の活躍を楽しみにするファンは多い。

■福地寿樹(ふくち・かずき)
1975年12月17日生、佐賀県出身
杵島商-広島(1993年ドラフト4位)-西武(2006-2007)-ヤクルト(2008-2012年引退)
カープ時代は俊足を活かし、2000年から4年連続二桁盗塁をマークするなど足のスペシャリストとして活躍。ヤクルト時代には2年連続盗塁王を獲得した。2012年限りで現役引退後は2021年までヤクルトでコーチを務め、2023年に二軍打撃兼走塁コーチとしてカープに復帰。2026年シーズンより一軍打撃チーフに就任することが発表されている。