◆しびれた黒田博樹との会話

 2014年12月10日、僕は広島でクロと食事していた。そのとき僕は「どうなんだ、帰ってくるのか?」と訊いたのだが、彼は「迷ってます」と言っていた。クロは2014年シーズン、ニューヨーク・ヤンキースと契約を結ぶときも相当悩んでいた。体力の衰えを感じ、現役引退という決断もかなり現実味を帯びたものとしてあったという。

 そして臨んだ2014年シーズン、彼の投球回数は199イニングだった。もちろんすごい記録だが、それまで3年連続200イニングを超えていた彼にとって、それは納得できるものではなかった。数字が気持ちを支える、という部分は野球人には少なからずある。もしかすると連続200イニング記録が途切れたことで、メジャーでの挑戦に一区切りついたところがあったのかもしれない。

 彼の口から「日本だったら中5日、中6日で試合に臨めるし、身体も万全に整えられるし……」というセリフが出たとき、僕はオヤッ? と思った。続けて「僕、今回スーツを持って帰ってきたんです」とクロは言った。

「なんでスーツがいるんだ?」と尋ねると、「日本で契約することも考えて……」と。彼はいくつかのメジャー球団からオファーが届いていることも口にした。

「そうか、悩むところだな……俺としてはもちろん帰ってきてほしいけど、金額が金額だけに無責任なことは言えないよ。でも、もしおまえが戻ってくるという決断をしたら、日本ではすごい賛辞を受けるだろうし、アメリカでも話題になるだろうな」

「そんなことはどうでもいいんです。僕は気持ち良く送り出してもらった人間なんで、最後はチームに恩返しをしたい、それだけなんです……」

 話をしながら、僕の中でしびれるような感覚が広がっていった。

●野村謙二郎 のむらけんじろう
1966年9月19日生、大分県出身。88年ドラフト1位でカープに入団。プロ2年目にショートの定位置を奪い盗塁王を獲得。翌91年は初の3割をマークし、2年連続盗塁王に輝くなどリーグ優勝に大きく貢献した。95年には打率.315、32本塁打、30盗塁でトリプルスリーを達成。2000安打を達成した05年限りで引退。10年にカープの一軍監督に就任し、積極的に若手を起用13年にはチームを初のクライマックス・シリーズに導いた。14年限りで監督を退任。現在はプロ野球解説者として活躍中。