“覇気”を代名詞に、15年間カープでプレーした安部友裕。25年ぶりのリーグ優勝、さらに球団史上初の3連覇に大きく貢献し、2022年限りで現役を引退した。

 安部氏が現役時代を語る本連載。今回はリーグ3連覇以降についての出来事を振り返る。

二軍では、プレー面でもメンタル面でも後輩の見本となるように取り組んでいた安部友裕氏。

◆選手として、人間としての成長

 2018年から2019年は、僕自身イップスや腰痛が激しくなり、何度も腰に注射を打ちながらのプレーとなっていました。チームは2018年に3連覇を達成し、4連覇に向けての思いはありましたが、野球ではないところで僕自身は戦っていた状況でした。

 2020年からは監督が代わり、世の中はコロナ禍を迎えました。体のコンディションや、人間関係などの葛藤もあり、チームに良くない影響を与えてしまう行動や態度を取ってしまっていたこともあったかと思います。ただその状態を見直すきっかけとなった存在がありました。

 まずは、当時二軍監督の水本(勝己・現オリックスコーチ)監督の存在です。水本監督は、現状を受け入れられない僕に対して「そのままでは、お前の野球人生は終わるぞ。そうなってほしくはない」と愛のある言葉でいろいろな話をしてくれました。若手の頃は『感じたことは言ってしまえ』『俺の野球人生なんだから』と一人よがりの思考になっていたことは間違いありませんでした。

 いろいろとご迷惑をかける事もありましたが、水本さんには本当に可愛がってもらいました。僕が一軍にあがる時には、「お前と離れるのは寂しいけれど、活躍する姿を見たいから頑張ってこいよ」と声を掛けてくれたり、若手のことについて考えられている時には「お前の若い頃はどうだったか? 3連覇の時はどうだったか」など話をさせていただきました。そして、年齢を重ねた僕だからこその対話であったとも感じています。若手の頃は自分のことで精一杯でしたが、僕が年数を重ねるごとに水本さんの思考に少しずつ近づけて話せるようになったと感じています。自分の考えを伝えられるようになったのもこの辺りだったので、僕もそれに伴いしっかりと勉強しなければいけない、実践し続けなければならないと思いながら思考を変え日々取り組むように心掛けました。

 そして、影響を受けたもう1つの存在は、かわいい後輩たちの存在です。高卒で入団し、二軍で純粋に野球を楽しんでいる彼らの姿を見た時に、“これが本来、自分が幼い頃に楽しんでいた野球のあり方だ”と思ったのです。プロスポーツはあくまで仕事であり、“楽しんでやるものではない”という考え方もあれば、根底には“楽しんでこそ”という考えもあります。これは人それぞれであり、こうあるべきだと決めつけるものではありません。一度しかない野球人生の中で“何を取り組むか”自身の立ち居振る舞いを意識するようになりました。

 二軍での練習を適当にこなし、声も出さないという姿を見せていると、後輩に示しがつかない、何よりチームにとって良い伝統にならないと思いました。どんな状況であれ、ベストを尽くす、それが先輩としてあるべき姿だと思ってほしい、そういう思いが、自分自身を変えられた出来事となりました。

 そして、コロナ禍の期間は練習のみならず、生活の変化を求められる時期でもありました。人と接することが当たり前の世の中で、距離を取らなくてはいけなくなり、マスクをつけ、表情すら分からなくなりました。その状況を経験したことで、人と人がしっかり話し合うなど、当たり前だと思っていたことに、感謝することができました。この出来事も僕にとっては必要な時間であり、改めて向き合う期間になったと思えます。

後半につづく

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