◆温厚な監督が厳しさを見せる瞬間

 現役時代シーズン13完投を2度も成し遂げているが、これも「たった一人で投げた」という感覚はない。あくまで、チームに対する責任感なのである。

 「先発投手は選ばれた者だと思っています。30人以上の投手がいて、先発ローテは5〜6人です。なので、現役時代は先発したら完投というのをひとつの目標にしていました。中5日、中6日、こういったものをもらうことに対する責任感は持っていたつもりです」。

 引退後、『エースの品格』を地で行く男は、投手コーチとして選手たちに高い意識を植え付けていった。なにも選手に剛速球や魔球を求めたわけではない。第一は、チームに対する責任感なのである。だからこそ、あたりまえのプレーには厳しかった。例えば、投手のフィールディングである。

 「一野球人として、これができないと勝てません。ましてや一軍の緊張感でプレーするわけですから、守備でも勝負です。一つのアウトがいかに自分をラクにするか、バント処理でもきっちりアウトを取ることができるか、全く違ってきます。守備ができないと勝てる投手にはなれません」。

 一人ひとりが、任された責任を全うする。その積み重ねこそが、一体感の源なのである。打つだけでもない。投げるだけでもない。ベンチに置かれても、チームの力になれるはずである。

 「ベンチとレギュラーがバラバラでなく、一体となって戦いたいです。打った選手はもちろん、ベンチもガッツポーズをするとか、みんなでワイワイした空気にするのも一体感でしょう。監督やコーチも1試合1試合みんなで束になっていくこと、これこそが力だと思います」。

 指揮官の思いは、通じていた。シーズン開幕戦では、エース大瀬良大地が116球の完投、しかもバットでもプロ初本塁打の活躍ぶりであった。刺激を受けたかのように、他の投手陣も全力プレーで役割を全うした。

 野手陣も、開幕戦の三好匠の好守にもあったように、スタメンも途中出場者も、置かれた場所で価値ある花を咲かせた。

 新しい生活様式、ソーシャルディスタンス、無観客での開幕。難しいシーズンである。それだからこそ、新監督が丁寧に積み上げた『一体感』は、チームの心をひとつにするはずである。