2026年4月16日、日本サッカー界において多大な功績を残した今西和男さんが85歳で生涯の幕を閉じた。
今西さんは1941年、広島県生まれ。東洋工業(現マツダ)蹴球部で日本代表DFとして活躍し、現役引退後は指導者、GMとしてクラブの強化を担った。のちに日本代表監督となるハンス・オフト氏の招聘を実現したほか、森保一氏、風間八宏氏、高木琢也氏らを見いだし、日本サッカー界を支える数多くの人材の育成にも尽力した、日本屈指の育成・強化責任者として知られている。
今西和男氏の著書『聞く、伝える、考える』(アスリートマガジン刊)の中で、サッカー日本代表・森保一監督は今西さんについて「私のサッカー人生において『教本』となる人。これまでやってくださったこと、背中で見せてくださったことは自然と実践していることがあります」と語っている。この「自然と実践していること」とは何なのか――。
本連載では、日本代表監督就任から約8年間にわたる森保監督の会見や取材での言葉をもとに、『聞く、伝える、考える』を手がかりに、その背景にある今西さんの考え方や育成哲学について読み解いていく。
今回は「勝つ前の『準備』を語る」をテーマに、日本代表指揮官が口にし続けてきた「準備」の意味を考えていく。
2022年11月、W杯カタール大会のメンバー発表会見で森保一監督は、「優勝」という目標を掲げながらも、「残された時間で最高の準備をしていきたい」と語った。
その後も、この「準備」という言葉は繰り返される。
2023年11月のW杯アジア2次予選前には、「一戦一戦、最善の準備をすること」。2026年W杯のメンバー発表会見では、「最善の準備をして全力を出し切る」と語った。大会が変わっても、メンバーや対戦相手が変わっても、森保監督がまず語るのは「準備」であった。結果でもなく、相手でもなく、「準備」だ。
森保監督はなぜこれほどまでに「準備」について語るのか。その一つに今西和男さんの著書『聞く、伝える、考える』にある「目的」と「現実」に関するアプローチがあったのではないか。
今西さんは本書の中で「目的や目標を持ちつづけることで、『考える力』がつく」と語っている。目指す姿があるからこそ、「今、自分はどこにいるのか」を受け入れることができる。そして、「まず何からできるようになる必要があるのか」を考える。その積み重ねが、目標への歩みになるという考え方である。
ここで興味深いのは、今西さんは「頑張れ」とはほとんど言わなかったことだ。むしろ、「どうすれば」という問いを持つことを大切にしていた。
「どうすればもっと上手くなれるか」
「どうすれば相手に勝てるか」
「どうすれば昨日より前へ進めるか」
その問いに向き合う時間こそが、準備ではないだろうか。
森保監督自身、本書の中で「今西和男さんは私のサッカー人生において『教本』となる人」と語っている。
そう考えると「最善の準備」という言葉が会見で繰り返されることにも、今西さんの考え方との重なりを感じることができる。試合が始まれば、相手のプレーや流れなど、自分たちだけではどうにもならないことが数多くある。しかし、試合前だけは違う。準備の時間だけは、自分たちで何を考え、何に取り組むかを選ぶことができる。
試合は相手と戦う時間となるが、準備は自分たちと向き合う時間であるからこそ、今西さんは「どうすれば」という問いを持ち続けることを大切にしたのではないだろうか。
森保監督が繰り返す「最善の準備」という言葉も、単なるルーティンではなく「未来を変えることができる唯一の時間をどう使うのか」という問いを選手たちへ、いや、自らに投げかけていたのかもしれない。
書籍『聞く、伝える、考える』を読み返していると、今西さんが育てようとしていたのは、技術そのものではなく「考える習慣」だったことが伝わってくる。さらに言えば、準備とは、単に練習量のことではない。「どうすればもっと良くなるのか」を、監督はもちろん、スタッフと選手とで考え続ける時間そのものを指していたのではないか。
本書制作において印象的だったのは、今西さんが「準備」という言葉そのものを繰り返したわけではなかったことである。むしろ、「目的を持つこと」「今の自分を受け入れること」「どうすればできるようになるかを考えること」を、しつこいほど語られていた。
振り返ると、その一つひとつが「準備」という言葉につながっていた。
準備とは、未来(結果)を変えられることができる時間。
それが、「準備」という言葉に込められた本質だったのではないだろうか。そう考えると、森保監督が会見で繰り返す「最善の準備」という言葉には、「準備によって未来は切り拓かれる」という、今西さんから受け継いだ育成哲学が流れているように感じる。
今西和男著『聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜』(好評発売中)
Jリーグ黎明期から「育成型クラブ」として知られるサンフレッチェ広島。かつて、サンフレッチェ広島発足前後に総監督(ゼネラルマネージャー)として、クラブの基礎を築き上げたのが今西氏。本書は、サンフレッチェ広島の基礎を創り上げた今西氏の「哲学」と「育成論」を言語化。自身がサッカーを通じて経験してきた「人材育成哲学のルーツと伝えてきたこと」が綴られています。
また、本書の第二部、第三部では、「今西氏の教え・影響を受けた人物の証言」を多数収録。森保一(日本代表監督)、横内昭展(モンテディオ山形監督)、森山佳郎(ベガルタ監督)、引退後もサンフレッチェ広島を支える森﨑和幸・浩司兄弟・駒野友一による特別座談会、さらに、サンフレッチェ広島の黎明期に活躍した風間八宏、元日本代表監督・ハンス・オフトなど、今西氏の教えと哲学の背景についても理解できる内容で構成されています。
これからのサッカー界・スポーツ界を支えていく指導者、未来のアスリートを育てる保護者の皆様、さらにサッカーファン、ビジネスパーソンにとっても必見の一冊です。
【書籍概要】
■タイトル:「聞く、伝える、考える。〜私がサッカーから学び 人を育てる上で貫いたこと〜」
■著者:今西 和男(いまにし・かずお)
■定価:2,200円(本体 2,000円+消費税10%)
■ページ数:240ページ
■発行:アスリートマガジン


