◆練習量によって質が変わる

 人は自転車を転びながら練習し、一度乗れるようになると、しばらく乗らなくても乗ることができる。水泳や楽器の演奏といったスキルやコツも、同様に永続性がある。

 こうした人間の身体における不可逆的スキルを「身体知」という。スポーツ選手はこの身体知の獲得に向けて日々練習を積み重ねていると言っていい。

 陸上のスプリンター同様、1/100秒の動きが求められるプロ野球選手は、オートマチックな身体知をいかに身につけているかが勝負を分けることになるだろう。

 文字通り、カープは身体に覚え込ませるように野球の基本を徹底的に鍛え上げる。ときにそれは前時代的なハードワークに映るかもしれないが、身体で覚えた技は忘れることはない。これがトップレベルの選手による反射的なプレーを可能にするのだ。

 ドイツの哲学者·ヘーゲルの弁証法に「量質転化の法則」がある。これは「量的な変化が質的な変化をもたらし、質的な変化が量的な変化をもたらす」という考えだ。

 これを野球に置き換えれば、ある一定量のスイングを積み重ねることで身体の使い方、力の入れ具合が分かってくる。質的に変化が起こるのだ。こうしたスイングの高度化(質的な変化)に伴い、さらに量的に振り込むことが可能になるのだ。

 「一流になった選手は、単純な練習を根気よく、毎日続けている」とは、カープと巨人の打撃コーチを長らく務めた内田順三氏(現JR東日本野球部コーチ)の言葉だ。

 もちろん現代の科学的な知見は大いに活用しなければならないだろう。しかし近道ではなく、あえて徒弟制の職人のように一流を手本に、繰り返し実践し、失敗から学び続けることによって、その技は不可逆的になるのではないだろうか。