◆先人から学ぶ飛躍の「術」

 私が思うにカープに入団する野手は大きく2つのタイプに分けることができる。一つは西川竜馬や坂倉将吾のように高い打撃センス(身体知)を持ち、身体の強さを課題とするタイプだ。そしてもう一つは、身体は強いが不器用でスキル面を課題とするタイプだ。

 1984年にドラフト2位でカープに入団した正田耕三は高い打撃センスの持ち主であったが、非力さが課題であった。これを補い、足を生かすために正田はスイッチヒッターに挑んだ。

 当初、前に飛ばすことができなかった左打席を正田は決してあきらめなかった。歴代カープ選手の中でもトップクラスといわれるそのスイング量は凄まじく、筋肉が強ばり、握ったバットを自分では手放せないほどであったという。

 1987年、その正田がスイッチヒッターとして球界初の首位打者を獲得した。そして翌年も首位打者に輝き、2年連続でタイトルを獲得したのだ。

 正田とは異なるタイプの打者であった新井貴浩もまた、バットを振り込み飛躍した。2005年には43本塁打を放ち本塁打王を獲得。2016年には2000安打も達成したのだ。

 さまざまなタイプの選手を成長させたカープの練習は、ただやみくもに数をこなしているわけではないことは明らかだろう。選手が自らの課題に気づけるようチャンスを与え、量的アプローチによって「技」を質的に変化させる。まさに先人の背中から継承された「術」といっていい。

 組織行動学者のデービット·コルブの経験学習モデルで考えるならばその術は、経験と省察を繰り返し、身体知を獲得する「教え」ということができるだろう。

 今シーズン一軍を経験したカープの若手は敗戦という大きな学びを得たことだろう。これをいかに今後の戦いに、自らの飛躍に、生かせるかが重要だ。

 それを成し得るのが「やられたらやり返す」ドラマのような反骨精神であることも忘れてはならない。それが幾多の試練を乗り越え、カープの歴史を作り上げた先人たちからの一番の教えなのではないだろうか。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

高柿 健(たかがき けん)
広島県出身の高校野球研究者。城西大経営学部准教授(経営学博士)。星槎大教員免許科目「野球」講師。東京大医学部「鉄門」野球部戦略アドバイザー。中小企業診断士、キャリアコンサルタント。広島商高在籍時に甲子園優勝を経験(1988年)、3年時は主将。高校野球の指導者を20年務めた。広島県立総合技術高コーチでセンバツ大会出場(2011年)。三村敏之監督と「コーチ学」について研究した。広島商と広陵の100年にわたるライバル関係を比較論述した黒澤賞論文(日本経営管理協会)で「協会賞」を受賞(2013年)。雑誌「ベースボールクリニック」ベースボールマガジン社で『勝者のインテリジェンス-ジャイアントキリングを可能にする野球の論理学―』を連載中。