長年にわたり、カープを支えてきた名スカウトたち。ここでは歴史をつくってきたスカウトが明かす『ドラフト秘話』を紹介する。今回は長年スカウトとしてカープを支えた、故・備前喜夫氏の言葉で、懐かしい選手たちのドラフトエピソードを振り返る。

 今回紹介するのは、1999年・ドラフト5位で入団した左腕・佐竹健太入団の裏側。入団直後から中継ぎとして頭角を現し、ワンポイントリリーフとして活躍した佐竹だが、スカウトは「高校時代は目立たない存在だった」と明かす。社会人野球を経て開花した、左腕獲得の裏側にあったエピソードとは。

(広島アスリートマガジン2004年連載『コイが生まれた日』を再編集)

現役引退後は、楽天、カープで打撃投手としてチームを支えた佐竹

◆実戦派の投手として期待された

 佐竹は福岡県の中学校から、広島の強豪・広陵高に進学しました。白濱裕太と同じように「野球留学」という形です。

 2年上には福原忍(東洋大→阪神)、二岡智宏(近大→巨人)がいましたが、佐竹は入学したその頃は大型左腕として評判が高かったそうです。ただ彼は結局、高校時代の3年間は甲子園を経験していません。我々スカウトの間でも、特に話に上るほど目立った投手ではありませんでした。

 彼は高校から大学を経由せずに直接NKKのに進みますが、決してエースというわけではありませんでした。当時からNKKは社会人野球で全国的にも強豪のチームだけに、他にもエース級の投手を多く擁していたのです。よって、都市対抗野球や社会人日本選手権などの大きな大会で先発していたという印象はありません。『要所でリリーフとして登板する投手』という存在ではなかったかと思います。

 佐竹に注目したのは、当時、中四国地区担当のスカウトを務めていた佐伯和司です。

 佐伯自身も広陵高の出身という事もあって、佐竹の存在は入社して間もない頃から知っていたようです。特別にスピードがあるとか、変化球の切れがすごいとかいうわけではなかったようですが、左腕特有であるクロスファイヤー気味のストレート、あるいはカーブを持っていて、実戦派の投手であるという評価を、私は佐伯から聞いていました。