◆監督はコーチも育てなければならない

 そこで2011年、僕は春季キャンプからチームを引いて眺めることにした。基本的に練習はコーチ陣に任せる。守備は守備コーチ、打撃はバッティングコーチに指導してもらう。僕はそれに何も口を挟まない。ただ、練習に打ち込む選手の姿をじっと見ている。そして「あいつ身体が重そうだな」とか「不機嫌そうに練習してるけど何かあったのかな」とかそういうことを観察している。

 まわりには「肩の力を抜いてやろうと思う」というふうに言っていた。それは言い訳のようなもので、自分の中では“他人に任せる”というテーマがあった。これまで何かにつけ僕は現場に口を出してきたが、それはコーチを信頼していないのと同じことだ。

 監督というのは選手を育てなければいけないが、同時にコーチも育てていかなければならない。だとしたら専門分野は彼らに任せた上で、自分はもっと全体を広く見渡す立場に立った方がいいのではないかと思ったのだ。

 新しい試みはそれほど簡単なことではなかった。言いたいことがあっても我慢しなければならない。現場に任せると決めたのに、ついつい口を挟んでしまう。そんなときはホテルに帰って「またやってしまった……気をつけよう」と反省した。自分の気持ちを抑えることがこれほど難しいのかと驚かされた。

 染みついた癖はなかなかとれなかったが、黙って見守る新しいスタイルはやがて現場にも馴染んできた。そしてこのやり方の方がチームはうまく回るという手応えが感じられた。それもあって、2011年以降僕はずっとこのやり方を貫いている。

●野村謙二郎 のむらけんじろう
1966年9月19日生、大分県出身。88年ドラフト1位でカープに入団。プロ2年目にショートの定位置を奪い盗塁王を獲得。翌91年は初の3割をマークし、2年連続盗塁王に輝くなどリーグ優勝に大きく貢献した。95年には打率.315、32本塁打、30盗塁でトリプルスリーを達成。2000安打を達成した05年限りで引退。10年にカープの一軍監督に就任し、積極的に若手を起用13年にはチームを初のクライマックス・シリーズに導いた。14年限りで監督を退任。現在はプロ野球解説者として活躍中。