10月20日に開催された『2022年プロ野球ドラフト会議』。カープは事前の公表通り苫小牧中央の斉藤優汰を1位で指名。支配下で指名した7選手中4選手が“投手”というドラフトとなった。

 ドラフト会議は各球団スカウトの情報収集の集大成であり、プロ入りを目指すアマチュア選手たちにとっては、運命の分かれ道ともなる1日だ。カープはこれまで、数々の名スカウトたちが独自の “眼力” で多くの逸材を発掘してきた。ここでは、カープのスカウトとして長年活躍してきた、故・備前喜夫氏が語るレジェンド獲得ストーリー『コイが生まれた日』を再編集してお送りする。

 今回は、1998年ドラフト8位で入団した広池浩司の獲得秘話に迫る。松坂大輔など高校生の有力選手が数多く話題となったドラフトで、プロ入りの夢を叶えた広池は、どのような経緯でカープ入団となったのか? 備前氏の証言とともに振り返る。

◆大学で野球を辞め、サラリーマンとして生きていくつもりだった

テスト入団から這い上がり、中継ぎを中心に248試合に登板した広池

 彼はスカウトが目と足で探し当てたというわけではなく、9月に球団が毎年実施している、一般向けの入団テストを受けた上でのドラフト指名となった選手でした。立教大学出身とのことですが、それまで彼のことは全く知りませんでした。それもそのはず、彼は高校までは投手だったものの、大学時代は投手ではなく外野手だったそうで、成績も目立ったものではなかったようです。

 勤務先を尋ねると「全日空に勤めています。会社では野球はしていません」というので、「それなら、早く(会社に)帰って飛行機の整備をしなさい」と言ったのを覚えています。もっとも彼はメカニックではなく、空港の発券窓口で接客業務をしていたそうですが。

 どちらにしても花形職業だし、一流企業ですよ。全日空での入社式では、何百人もいる新入社員の総代としてスピーチをしたというのですから、エリートとしてかなり期待された社員だったはずです。しかし彼はこう言ったのです。

「大学で野球はきっぱり辞めて、サラリーマンとして生きていくつもりでした。しかし職場としている空港で東京六大学で一緒にやっていた高橋由伸(元・巨人)や川上憲伸(元・中日)らの生き生きした姿を目にして、『彼らに比べて自分は輝いているのだろうか?』と思って、もう一度野球をやろうと決意しました」

 もしプロに入れば、テスト入団では契約金はありませんから、活躍しなければ年収は下がるかも知れません。それでも彼は「プロで投手として野球をしたい」と言うんです。私も本当にびっくりしました。

 体はほっそりしていましたが、ピッチングを見てみると球速は十分あったし、変化球も良く、コントロールも素晴らしかった。「左だし、これなら中継ぎとしては面白いのかも」ということで、とりあえず一次で合格させたのですが、その年は採用枠が既にいっぱいだったので、「打撃投手なら枠があるがそれでも良いか」と聞きました。

 しかし彼は「やるなら現役選手として入団したい」とはっきり主張したのです。そこで「次の年のドラフトでは指名しようと思うので、1年間体を作り直して欲しい」と言いました。彼はすぐに会社を退職して、1年間トレーニングに励み、順調に仕上げてきたので、翌年秋のドラフト8位で指名することになりました。

 ただご両親からしてみれば、やはり入団に対して反対だったと思うんです。一流企業のエリート社員である息子がわざわざ「脱サラ」してまで保証のないプロ野球の世界に飛び込むわけですから。しかし本人がテストを受けた上での指名ですから、家族など周囲の人間はどうすることもできません。

 契約後、指名選手全員による入団発表でも、同期入団の東出、新井など高校や大学から入団する選手のご家族が息子の晴れ姿に感激していた中で、広池のお母さんはなぜか、というよりやはり淋しそうにしておられたのが印象に残っています。

 私は思わずお母さんに声をかけずにはいられませんでした。「お母さん、(息子さんが会社を辞めてプロに入って)残念だと思いますが」と尋ねると、お母さんは小さな声で「はい……」。球団のスカウトという立場でしたから、本当に複雑な思いをしたのを覚えています。

【備前喜夫】
1933年10月9日生〜2015年9月7日。
広島県出身。
旧姓は太田垣。尾道西高から1952年にカープ入団。長谷川良平と投手陣の両輪として活躍。チーム創設期を支え現役時代は通算115勝を挙げた。1962年に現役引退後、カープのコーチ、二軍監督としてチームに貢献。スカウトとしては25年間活動し、1987〜2002年はチーフスカウトを務めた。野村謙二郎、前田智徳、佐々岡真司、金本知憲、黒田博樹などのレジェンドたちの獲得にチーフスカウトとして関わった。

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