全国の高校球児が目指す憧れの舞台・甲子園。広島県代表校を決める、第105回全国高等学校野球選手権記念大会・広島県予選が間もなく始まろうとしている。

 昨夏代表の盈進をはじめ、注目校がひしめく広島県大会。ここでは、広島の名門・広陵高野球部監督であり、多くのプロ野球選手を育成してきた中井哲之監督のインタビューを再編集して掲載する。野村祐輔、上本崇司らを育てた名将が語る指導哲学とは。(取材は2022年7月に実施)

広陵高の監督室には、「ありがとう」という言葉が掲げられる。

◆「勝てる野球」ではなく、「応援されて勝てる」チームに

ーまず、中井監督の指導哲学をお伺いします。広陵野球部監督に就任され、30年以上指導されています。一貫して大事にされていることを教えてください。

「私が目指しているのは、みなさんに“応援してもらって、勝てる野球”です。“勝てる”が先にくるのではなく、みなさんに“応援してもらって”が先。言い方を変えると“愛されて、応援されて勝てる”チームということです。高校3年間というのは、野球をするだけではなく、学校やOB、周りの方に、野球以上に生きる力を教えてもらい、身につける場所だと思います。また、僕自身が野球以外にも厳しいので『当たり前のこと』です。ウチのように部員数が多ければ、ベンチに入る人数より、裏方に回る子の方が明らかに多いわけです。3年間控えをやり通した子が『広陵で良かった』『中井の下でやれて良かった』と思ってくれる指導をしていかなければいけないとも思っています。卒業した後に分かることもたくさんあります。私は単純に分かりやすく伝えているつもりです」

ー「ありがとう」という言葉が監督室にも飾ってあります。

「何事も当たり前になってはいけません。『ありがとう』の反対語は『当たり前』という意味で考えています。大人になり、年齢を重ね、立場が上がっていくと『ありがとう』は、なかなか言わなくなりがちです。私は育ってきた環境もあり、年下の教え子にも『ありがとう』や『大丈夫か?』という言葉を意識せず発するタイプなので、発しない人のことはなんとなく分かってしまいます。だがらこそ、そういうことを伝えていきたいと思っています」

ー長い監督生活の中で、特に印象に残っている試合や場面はありますか?

「あまり試合のことは覚えていないんですよ(苦笑)。勝った、負けたということより、日常生活での出来事や、発言などそういうことを覚えています。試合のことは、みんなが覚えてくれていますから。ただ『あの子はすごかったな。自分はこの年にこんなことができていたかな?』など、そういうことを感じることが多々あります。日頃厳しいことを選手には言っていますが、あの子たちから教わることはとても多いです。ですので、野球の勝った負けたよりは、どちらかというと野球以外のシーンを覚えています」

ー広陵野球部を卒業した方々からは、普段の学校生活の中において野球部は模範であるべきだとお聞きすることも度々あります。

「野球部の大会に全校応援として参加してくれたり、甲子園に行ったり、学校側はたくさんの準備をしてくださいます。やっていただくだけではいけませんし、野球以外のことで頑張れることは精一杯頑張りなさいと伝えています。ただ野球だけをやっていても誰も応援してくれないし、認めてくれません。とにかく、野球以外のことを大事にしなさいということは指導しています」