「赤」から「ティール」へ

経営学者である一橋大学・野中郁次郎名誉教授は「機動戦を行う組織は、自律分散型・協働的なネットワーク型でなければならない」と述べている。これは近年話題の「ティール組織」ともいえるだろう。「ティール組織」とは、上司が細かな指示を行わずとも、目的達成のために進化を遂げる組織のことである。

これは常に状況が変化する野球で、機動力を極めるためには、ティール・チーム(組織)にならなければならないと読み換えることができる。ティール・チームとは互いが信頼で結びつき、選手個々が状況判断できる自律したチームのことだ。

機動力を発揮するためには、そのプレーを成功させることだけでなく、何のために仕掛けるのか、その目的をチームで共有しておかなければならない。

“つなぎ”の野球を徹底し、高い使命感で3連覇を達成した今のカープナインであれば、迅速な意思決定は可能であろう。チームの進むべき方向と自分の目標の方向が一致しているからだ。

ティール組織を提唱したラルーは、ティール組織に至るまでの組織モデルを「レッド組織」「琥珀組織」「オレンジ組織」「グリーン組織」「ティール(青緑色)組織」の5つに分けた。

カープは元々、ティール組織の一段階前に位置する家族型組織(=グリーン組織)を形成していた。これに河田・石井コーチの野球がフュージョンされ、カープはティール組織へと進化したのだ。

今、カープが3連覇中に展開していた野球をさらに上書きできるのは選手会長の田中広輔ではなかろうか。田中は1番打者として機動力野球を実践し、ケース打撃に徹して3連覇に貢献した。それだけに現在のチームにおいて、“つなぐ”野球の意味をよく知る選手の一人だろう。彼の堅実なプレースタイルがそれを物語っている。

機動力野球を仕掛ける中で、当然失敗もあるだろう。冒頭の投手の継投と同じように流れを失うこともある。しかし、カープはひるまず挑まなければならない。盗塁が失敗しようとも、ヒットエンドランがゲッツーになろうとも覚悟を決め、互いに補い合わなければならないのだ。

河田・石井両コーチがカープ時代に教えてくれたように、失敗を受け入れた“Good Looser”の強さが、「機動」「継投」という不確実なフローを、チーム“力”としてストック化する。

勝負の明暗を知る田中広輔が再びカープの攻撃を牽引し、もう一度、赤にティールを混ぜ込むことができれば、カープの機動力は何倍にも加速することになるだろう。

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高柿 健(たかがき けん)
広島県出身の高校野球研究者。城西大経営学部准教授(経営学博士)。星槎大教員免許科目「野球」講師。東京大医学部「鉄門」野球部戦略アドバイザー。中小企業診断士、キャリアコンサルタント。広島商高在籍時に甲子園優勝を経験(1988年)、3年時は主将。高校野球の指導者を20年務めた。広島県立総合技術高コーチでセンバツ大会出場(2011年)。三村敏之監督と「コーチ学」について研究した。広島商と広陵の100年にわたるライバル関係を比較論述した黒澤賞論文(日本経営管理協会)で「協会賞」を受賞(2013年)。雑誌「ベースボールクリニック」ベースボールマガジン社で『勝者のインテリジェンス-ジャイアントキリングを可能にする野球の論理学―』を連載中。