駒沢大の太田誠監督の取り計らいがなければ、名ショート・梵英心は誕生していなかった。

 野球を続けることを半ば諦めかけていた大学4年の2002年秋、梵氏は駒澤大の太田誠監督からすぐには理解のできない言葉を投げかけられた。「お前、上島に連絡して早く寮に入れ、分かったな」。あまりに唐突すぎて訳の分からないまま「はい」と答えた梵氏だが、そもそもその時点で上島氏なる人物を知らなかった。

 困惑しながらマネジャーに尋ねると、駒澤大野球部OBで当時、社会人野球・日産自動車の打撃コーチをされていた上島格さんという先輩のことだという。当時の梵氏は野球部を辞めて、広島に帰ろうと学業に専念していた時期だ。そんな人間に対し、続けてマネジャーが口にした言葉は予想だにしなかったものだった。

「お前、日産に決まっているから」

 梵氏自身、なぜ太田監督が推薦してくれたのかは分からない。だが、急転直下で大学卒業後も野球を続ける権利を手に入れた。その後はトントン拍子で物事が進んでいった。転機が訪れたのは社会人3年目。1番ショートにコンバートされたあたりから、梵氏の潜在能力が一気に開花し始めた。

 都市対抗野球大会は準優勝。その大会で梵氏は2本塁打を含む打率.524で首位打者となり久慈賞を受賞、社会人野球ベストナインにも選出された。

社会人3年目だったこともあり、「あわよくばドラフトに引っかかってくれれば……」という気持ちが当然芽生えてきた。とはいえ社会人の選手がドラフトの対象となるのは、良くて2年目まで。当時の状況にやりがいも感じ、3年目で25歳だった梵氏は、淡い期待を持ちつつも自身が置かれた状況を冷静に捉えていた。

●梵 英心(そよぎ えいしん)
1980年10月11日生、広島県出身。三次高-駒澤大-日産自動車-広島(2006~2017年)-エイジェック(2018年~)。2005年大学生・社会人ドラフト3巡目でカープ入団。2006年に新人王を受賞。2010年には打率3割(.306)をクリアし、43個で盗塁王、ショートとしてゴールデン・グラブ賞にも輝いた。2013年には選手会長に就任。2017年オフにカープを退団。2018年に社会人野球・エイジェックで選手兼コーチとしてプレー。2019年10月11日に現役引退を発表した。