1993年の創刊以来、カープ、サンフレッチェを中心に「広島のアスリートたちの今」を伝えてきた『広島アスリートマガジン』は、2025年12月をもって休刊いたします。32年間の歴史を改めて振り返るべく、バックナンバーの中から、編集部が選ぶ“今、改めて読みたい”記事をセレクト。時代を超えて響く言葉や視点をお届けします。 

 第1回目の特集は、黒田博樹のインタビューセレクション。

 広島とニューヨーク、ふたつの街に愛された男、黒田博樹。揺るぎない信念と覚悟を胸に、日米で活躍したその足跡は、今なお多くのアスリート、ファンの心に残り続けている。過去、広島アスリートマガジンに掲載された独占インタビューを再構成し、黒田博樹さんの言葉に込められた思い、生き様を改めて紐解いていく。

 コミュニケーション面での不安、異国の地に飛び込み野球をすることの難しさなど、メジャーに移籍して初めて迎えたオフ、本誌に貴重な経験を語ってくれた黒田。妥協せずに、常に挑戦をし続けるカープの背番号15の姿がそこにあった。

メジャー1年目の経験を振り返り、笑顔を見せる黒田博樹(写真は2008年撮影)

足を踏み入れたメジャーリーグ

— メジャーでの初のシーズンを振り返っていかがですか?

黒田 ひと言で言うと苦しかったですね。日本と違う環境で全てが初めてのことだったので、精神的にもきつかったです。英語が全然分からず、コミュニケーションを取るのも難しかった。ちょっとしたことでいちいち通訳を呼べないし、選手と冗談を言い合ったりできないのはしんどかったですね。

— 最初にマウンドに立ったときはどのような感慨を受けましたか?

黒田 一番緊張したのは、シーズンの開幕戦よりも、オープン戦の最初のマウンドに立ったときでした。

— 間違えて両方右足のスパイクを持っていってしまったとか。

黒田 そうですね(笑)。あれは緊張したからなのかどうかは分かりませんね。どこでどうなってたのか自分ではよく分からないですが、見た瞬間はビックリしましたよ。

— あの頃の自分を振り返ってみてどうですか?

黒田 僕という投手のことを周りは全然知らないわけですが、その中で投げていかないといけないということと、ものすごく大型の契約を結んでもらっていて、その期待に応えなければいけないというプレッシャーをすごく感じていましたね。だからこそ、オープン戦でしっかりと自分の投球スタイルをみんなに見せていくことが大事だと思っていました。

— 首脳陣や選手などチーム内の人間に助けられることはありましたか?

黒田 チームとしては当然勝っていかないといけないので助け合いというのはありますが、やっぱり最後は自分の力でいかに結果を出していくのかという世界。周りに頼ってばかりではダメですし、最後は自分がマウンドに立ってボールを投げるわけですから、そういう気持ちはいつも強く持っていました。

— メジャーの打者と対戦してみてどんな印象を受けましたか?

黒田 メジャーでトッププレーヤーというと、本当にすごい打者ばかりでした。スイッチでも両方の打席からホームランを打てる打者もいたし、打てて走れてという打者もいますし。世界のトッププレーヤーが集まってきているんだな、ということは痛感しましたね。

— カープにいる頃はストレートは素直な回転のものを投げていましたが、向こうでは微妙に変化させていました。

黒田 そうしないと、あのレベルの打者を打ち取るのは無理ですから。日本では捕手のミットにきれいに吸い込まれるイメージでやっていましたが、アメリカでは全くその逆で、捕手の取りにくい球を投げるように練習しました。日本でやっていたスタイルで抑えられるならそのままやっていたと思いますが、やはり自分の中で『このままじゃ通用しない』というのを肌で感じて、1戦1戦の中で足りないものを補っていきました。本当に周りを見る余裕はなく、1年間がむしゃらに頑張っていたような気がします。