思わず心を奪われる! カープの話題をゆる~くまったりと展開してくれる“オギリマワールド”。関東出身ながら中学生からカープファン。独自のタッチで描かれるイラストを交えたコラムでおなじみのオギリマサホが、新たなカープの魅力を切り取る。

 今回は、9月12日に、プロ15年目で史上113人目となる通算500試合登板を達成した中﨑翔太投手についてを、オギリマ視点でゆる~く取り上げる。

中﨑翔太・100試合登板ごとのヒゲと足の変遷(イラスト・オギリマサホ)

◆通算500試合登板までの軌跡

 Tシャツが届いた。『中﨑翔太通算500試合登板Tシャツ』が。

 9月12日の対中日戦、先発の森翔平の後を受けて8回表のマウンドに立った中﨑は、1回を無失点に抑えて、プロ15年目で通算500試合登板を達成した。これを受けて、球団から記念Tシャツが発売された。私には注文しないという選択肢はなかった。即座に申し込みをした、そのTシャツが届いたのだった。

 Tシャツは、紺地に「プロ初登板時の2012年」「リーグ三連覇の胴上げ投手となった2018年」、そして現在の姿という3種の中﨑があしらわれていた。懐かしい気持ちになると同時に、『500』という数字の大きさを改めて思い知らされる気がした。そこで、これまでの節目において中﨑はどう投げてきたか、100試合ごとに振り返ってみることにした。

◆【通算100試合登板】2015年7月26日・対巨人(マツダ スタジアム)

 入団2年目の2012年にはプロ入り初先発を果たし、先発投手としてのスタートを切った中﨑だったが、2013年オフに右手指の血行不良の手術を受け、2014年からはセットアッパーとして起用されることとなった(この2014年以降、先発登板は一度もない)。

 2015年の中﨑は抑えとして起用されることが多くなり、この年には29セーブを記録した。7月26日の巨人戦は、序盤はK・ジョンソンと田口麗斗との投手戦だった。6回裏の梵英心の2ラン、7回裏の野間峻祥のタイムリーなどで5-0とカープがリードした後、9回表に中﨑が登板した。点差が開いていたためセーブ記録はつかなかったが、『守護神』としての立場を固めた試合の1つである。ちなみにこの時には、中﨑の背番号は56である(2015年オフに21に変更)。

◆【通算200試合登板】2017年5月30日・対西武(メットライフドーム)

 2016年、カープの25年ぶりリーグ優勝決定試合に登板し、胴上げ投手となった中﨑。2015-2016年の2年間で計130試合登板・63セーブを挙げるという活躍を見せたが、その影響か、2017年4月に腰痛症で一軍登録を抹消された。5月23日に一軍登録されて間もないこの試合、先発の薮田和樹の後を受けて7回裏に登板した中﨑は、1回を無失点に抑えホールドを記録。チームも結果的に5-0で勝利した。2017年、中﨑は8月終盤に抑えに復帰し、2年連続の胴上げ投手を務めている。

◆【通算300試合登板】2018年8月21日・対ヤクルト(マツダ スタジアム)

 2018年も守護神としての活躍を続け、8月8日には通算100セーブを記録した中﨑(私は、この時もTシャツが発売されるものと思い、ずっと待ち続けていた)。この日も1点リードの9回表に登板したが、エラー絡みの失点で同点に追いつかれ、セーブがつかなかった(チームも延長10回表に5点を取られ、5-10で敗戦している)。しかし9月26日、中﨑は史上2人目となる3年連続の胴上げ投手となったのである。

◆【通算400試合登板】2023年6月18日・対西武(マツダ スタジアム)

 通算100試合~300試合登板の達成ペースに比べ、随分と間が空いたように思われる。この間中﨑は、右ひざ半月板手術、右上腕手術など、度重なる故障や不調に苦しめられていた。2021年以降は栗林良吏が守護神の座につくこととなり、2020年以降の中﨑のセーブ数は0である。それでも地道に努力を重ね、一軍のマウンドに戻って来た。この日は0-5のビハインドからの登板であったが、1回1/3を無失点で抑えた。

 ここから2年あまりで100試合登板を重ね、通算500試合登板を達成した中﨑の頑張りに拍手を送りたい。今年はリードしている場面での登板も増え、9月26日現在、中﨑の通算成績は115セーブ・97ホールドとなっている。今後も登板数を重ねて球団史上初の『100セーブ・100ホールド』が達成できることを、そしてその記念Tシャツが発売されることを、ひそかに待ち続けたいと思う。