プロ7年目の今シーズン、大きな飛躍の時を迎えているのが大盛穂だ。2018年育成ドラフト1位で入団した大盛は、「とにかく負けたくない」その一心でがむしゃらに練習と向き合ってきた。今やカープに欠かせない戦力となった背番号59の、『育成』への思いを聞いた。(全2回/第2回)
◆「育成はプロ野球選手ではない。プロに混じっている練習生だと思っていた」
─大盛選手は2018年育成ドラフト1位入団です。同期ドラフト組では育成指名が1人でしたが、当時はどんな気持ちでしたか?
「プロに入れば、支配下も育成も関係ないと思っていましたし、とにかく『こいつらに負けへんぞ』と思っていました」
─背番号124からのスタートでした。三桁背番号を背負ってどのような心境でプレーしていましたか?
「育成選手は一軍に上がれない立場ですからね。二桁番号の選手を蹴落とす気持ちだけでした。反骨心というか、支配下に負けたくない、その気持ちだけでしたね。だって、ムカつくじゃないですか(笑)」
─反骨心が力になっていたのですね。
「その通りですね。今もたまに『支配下でプロに入れていたらどうだったんだろう?』と思うこともあります」
─大盛選手は1年目オフに支配下を勝ち取りましたが、育成時代に辛かったことはありましたか?
「入団してから『1年勝負だ』と思ってプレーしていて、1年で支配下になれなかったらアカんなと思っていました。7月末が支配下登録の一旦の区切りとなるタイミングになりますが、そのタイミングで支配下になれなかったときは、気持ち的にキツい時期でしたね。そのときは『どうやってやっていこうか……』というか、少し気持ちが折れかけていました」
─そこから1年目オフの11月に支配下登録を勝ち取りました。
「うれしかったですし、周囲の方にも喜んでいただけました。ですが『1年目以上にやれることをやるんだ』と引き締まった気持ちでした。背番号が59になりましたが、やっぱりうれしさはありました。あとは、『育成はプロ野球選手じゃない』と言われていたので、『やっとスタートラインに立てたな』という気持ちでした」
─支配下登録となり、プレー面で意識に変化はありましたか?
「振り返ると、深く考えず『突き進むしかない』というか、毎日必死、100%でしたね。一軍に上がったばかりの頃は環境に慣れることも大変でした。その中でも、守備だけは負けないという気持ちがありましたし、『まずは守備だけはしっかりやっておこう』と思ってプレーをしていました」
─毎年、数名の育成選手が入団してきます。どのような思いがありますか?
「育成から支配下になる選手も増えていますが、逆に育成選手として結果を残せないと、チャンスがなくなってしまいます。育成選手は1試合に5人しか出場できないなど、縛りがあります。まずは、そういう部分で戦いがあると思います」
─『育成選手』を言葉で言うと、どう表現できますか?
「そうですね……育成選手を一言で言うなら『プロ野球選手ではない。プロに混じっている練習生』ですかね。別物扱いはしたくないですが、僕は経験しているからこそ思うことがあって『育成だからもっと頑張れ』というのは違うのかなと思っているんです。頑張って練習するのは当たり前で、みんな頑張っていますからね。ただ、自分の育成という立場をわきまえないといけないですし、そんなに簡単じゃないぞ、と思います。やっぱり、二軍で人並みの成績では埋もれてしまいますし、その中で一番を取らないといけないのかなと」
─育成出身だからこそ、良かったと感じることはありますか?
「ハングリー精神ですね。先ほども言いましたが、もし自分が支配下でプロに入っていたら……と考えることがありますし、『育成から這い上がってやる』という強い気持ち、これは支配下の選手とは違うというか、感じられない部分だと思うので、そこは良かったと思うところですね」
■大盛穂(おおもり・みのる)
1996年8月31日生・29歳・プロ7年目
飛龍高−静岡産業大−広島(2018年育成ドラフト1位)
背番号:124(2019)-59(2020〜)