広島東洋カープにまつわるモノ・コト・場所をクローズアップして取り上げる『カープ再発見』企画。開幕を心待ちにするカープファンに、開幕がもっと待ち遠しくなる(!?)アレコレをお届けする。

 第1回目の今回は、1958年に完成し2011年に解体されるまで『三篠寮』の名前で親しまれた、カープ一軍の合宿所・三省寮を取り上げる。

かつて一軍の合宿所として使用された『三省寮』

 かつて広島市西区三篠町にあった合宿所『三篠寮』は、1958年7月10日に総工費1700万円をかけて造られた。

 部屋は二人一部屋の個室タイプが25部屋あり、この他にも食堂・浴場・雨天練習場などが完備され、当時のプロ野球合宿所としてはトップレベルを誇った。

 また、多くのファンに『三篠寮』(みささりょう)と呼ばれていたが、実は正式名称を『三省寮』(さんせいりょう)という。

 1984年11月10日、廿日市市大野町に二軍の合宿所『カサ・ディ・カルピオ』が完成すると合宿所の建物が建つ場所の地名から俗称として『大野寮』(おおのりょう)と呼ばれるようになった。そのため三省寮もそれに倣い、三篠寮と呼ばれるようになったと言われている。

 玄関の白い扉を開け建物の中に入ると、まず左側に番号が書かれたボックス式の下駄箱があり、選手は自分の部屋番号と同じ番号に靴を入れることになっている。そして玄関を上がるとそこには約20畳ほどの広間があり、その向こう側には二階へと上がる階段ある。さらに奥に進むと左側には風呂と食堂、右側には選手の部屋が並ぶ廊下がそれぞれ伸びている。