4月16日、サンフレッチェ広島にとって、そして広島サッカー界にとって大きな存在である広島初代総監督・今西和男氏の訃報が流れた。サンフレッチェ広島の創設に尽力し、いまもクラブに浸透する哲学をつくり上げた広島サッカーの父だ。サンフレッチェ広島の初代選手でもある吉田安孝氏が、今西さんとの思い出を語った。(全3回/第3回)

4月18日の長崎戦では、ゴール裏に今西さんへの感謝の横断幕が掲げられた

◆広島の哲学をつくりあげた初代総監督の訃報

 サンフレッチェ広島の歴史を語る上で外すことができないのが、今西和男さんの存在です。広島のみならず、日本サッカーに多大な貢献をされた今西さんは、2026年4月16日未明にご逝去されました。私はご家族のご意向を受け、葬儀で人生初の弔辞を述べさせていただきました。非常に光栄なことだったと感じています。

 今西さんとの出会いは大学時代、卒業のタイミングで『マツダサッカークラブで一緒にサッカーしないか』と声をかけていただいたのが最初でした。ただ、当時は別の会社のサッカー部に加入が決まっていたこともあり、一度はお断りをさせていただくことにしたのです。

 しかし2年後、私が所属していたサッカー部の廃部が決まった時、再び声をかけてくださったのが今西さんでした。一度はお断りした過去があるにも関わらず、私が他のチームでプレーしている間もずっと見てくださっていたことに驚くと同時に、とても感動しました。

「近い将来、日本にもサッカーのプロリーグができる。広島にも絶対にプロサッカークラブを誕生させるから、そこで一緒にサッカーをしよう。夢を追いかけよう」

 そう話してくださったことを、いまでも覚えています。

 これは後に今西さんご自身から聞いたことですが、今西さんはピッチ上の姿だけでなく、人間性やウォーミングアップ、生活態度もご覧になったうえで選手のスカウトをされていたそうです。こうした表現が正しいかは分かりませんが、本当に「今西さんらしいな」という思いです。

 私はサンフレッチェ時代、ケガの影響もあり選手としてはなかなか思うような活躍ができませんでしたが、今西さんに教えていただいたことは今の自分を形づくる土台になっています。

「サッカー選手である前に、良き社会人であれ」

 この言葉は、クラブに根付いている哲学のひとつ。そして私だけでなく、今西さんに見出され育ててもらったOBたちのなかにも、この思いは強く息づいています。