スポーツだけでなく、音楽の世界にも「イップス」に相当する運動スキルの不調は存在する。投球の際のイップスと、「非日常的で緻密な身体制御を必要とする」という点が一致しており、こちらは「フォーカルジストニア」と呼ばれている。患部が限定的で、特定の動作のみで症状が出て、定型的(常に同じパターンの不調)である、という特徴がある。

 音楽家は、練習によって演奏に適応すべく、脳と身体がアップデートされていくが、異常な非適応的可塑的変化も起こってしまうことがある。

 スポーツの場合とは異なり、他者にはその異常が分かりにくいケースもあり、本人にしか分からない違和感に苦しめられることもあり、一拍目の表拍で症状が誘発されやすいという特徴もある。

 スポーツ医科学に比べると、音楽家の身体サポートは遅れているという。しかし、ドイツのハノーファーにある「ハノーファー音楽大学」には、「音楽生理学・音楽家医学研究所」という研究機関が存在する。そこには、フォーカルジストニアを発症した演奏家が、楽器を持参し、治療を受けることが多い。治療に当たるのは医師であり演奏家でもある精鋭たち。実際の演奏動作をエコーや筋電図で評価し、特定の部位にボツリヌス菌注射を打つという治療を行っている。症状が定義されていたり、治療法が存在したりという点は、イップスよりも進歩した部分とも言えるだろう。