サンフレッチェ広島の前身である東洋工業蹴球部で選手・監督を務めた下村幸男さんが、8月13日に死去した。94歳。

下村幸男さん(写真はクラブ提供)

 下村さんは広島県出身。1950年にサンフレッチェ広島の前身である東洋工業蹴球部に入部すると、GKとして活躍。現役引退後は修道高などでコーチを歴任し、1964年からは東洋工業の監督を務めた。1979年には、初のGK出身の代表監督に就任。代表監督を退いた後も、サンフレッチェ広島のスカウトスーパーバイザーとしてクラブに携わるなど、広島サッカー界を支えてきた。

 株式会社サンフレッチェ広島の久保雅義社長はクラブを通じ、以下のコメントを発表した。

「サンフレッチェ広島の前身である東洋工業蹴球部にて選手・監督を務められ、当クラブのアドバイザー・参与を歴任された下村幸男さんが、2026年8月13日にご逝去されました(享年94歳)。

 下村さんは広島市のご出身。現役時代はゴールキーパーとして1956年メルボルンオリンピック出場など日本代表でご活躍された後、東洋工業蹴球部監督として日本サッカーリーグ(JSL)において前人未到の4連覇を達成し、広島サッカー界の黄金期を築かれました。

 サンフレッチェ広島創設後は、アドバイザーや参与としてクラブの基盤構築および地域スポーツ文化の発展に多大なるご尽力をいただきました。

 ここに生前の偉大な功績を讃え、深甚なる感謝を表しますとともに、謹んでお悔やみ申し上げ、心よりご冥福をお祈りいたします」