9月15日、辰見鴻之介が、代走盗塁のプロ野球記録を塗り替えた。これまで代走盗塁最多記録は、1979年に藤瀬史朗(近鉄)が記録した『25』。9月3日の時点で藤瀬の記録に並んでおり、新記録達成の瞬間がいつになるかに注目が集まっていた。

 いつの時代も、その俊足で塁上をかき回すスピードスターの存在はファンを楽しませてきた。かつてカープにも、代走のスペシャリストとして知られたレジェンドがいた。今回は、カープが誇る『走塁のスペシャリスト』の系譜を振り返ってみたい。

NPB新記録の代走盗塁26を達成した辰見鴻之介

◆打席数はわずか31も、盗塁数は通算62

 カープの昭和黄金期に、生涯『代走』として生きた今井譲二という足のスペシャリストが存在した。1978年から1989年までのプロ11年間で263試合に出場したが、打席数はわずかに31。通算で62盗塁を決めていることからも、いかに代走での出場が多かったかが分かる。

 ちなみに1987年には36試合に出場しながら打席が0という珍記録も残したが、この数字が示すように、一芸に秀でた本物のスペシャリストだったといえるだろう。現在は地元・熊本で野球塾の校長を務めている。

 カープにおける機動力野球の伝統はその後も脈々と受け継がれ、1989年にはヤクルトの笘篠賢治と正田耕三が最後まで熾烈な盗塁王争いを繰り広げた。

 笘篠が32個、正田が28個で迎えた10月15日の最終戦(対中日戦)で、カープの背番号『4』がダイヤモンドを幾度となく駆け巡った。この試合で4打数3安打、相手のエラーも相まって4度出塁を果たすと、その全てで盗塁を敢行。二盗を4回、さらに三盗を2回と1試合で計6個の盗塁を成功させ、すでに全日程を終えていた笘篠を抜き、正田が初の盗塁王に輝いた。1試合6盗塁はプロ野球タイ記録である。

 1953年に金山次郎がチームで初めて盗塁王に輝いたのを皮切りに、その後も大下剛史、衣笠祥雄、正田、梵英心、丸佳浩、田中広輔(各1回)、古葉竹識(2回)、髙橋慶彦、野村謙二郎、緒方孝市(各3回)が獲得している。

 機動力を活かした野球はカープの伝統でもある。これからどんな快足選手が誕生し、塁上を賑わせてくれるのか。楽しみに注目したい。

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