カープは現在、9名のスカウトが逸材を発掘するために全国を奔走している。そのスカウト陣をまとめているのが、苑田聡彦スカウト統括部長だ。苑田スカウトはかつて勝負強い打撃でカープで選手として活躍し、初優勝にも貢献。引退直後の1978年から現在までスカウトとして長年活動を続け、黒田博樹を筆頭に数々の逸材獲得に尽力してきた。

中央球界では無名ながら、非凡な才能を発揮し、カープから2011年ドラフト2位で指名された

 この連載では、書籍『惚れる力 カープ一筋50年。苑田スカウトの仕事術』(著者・坂上俊次)を再編集し、苑田聡彦氏のスカウトとしての眼力、哲学に迫っていく。

 “さまざまな視点から選手を見つめる”。今回は、選手を見極める情報を得るために行なっている、苑田スカウトならではの試合視察の方法を紹介する。

◆ 角度を変えてみれば、見えてくるものがある

 視野の広い人間はどの世界でも活躍できる。ビジネスの世界もそうであろう。こちら側の都合ばかりを唱えても成功はできない。顧客はもちろん、ライバル、マーケット、世の中の動き……。頭に入れておくべきことは多い。

 野球の世界に面白い言葉があることを苑田に教わった。『(良い)野球選手は、足に目がついている』。実に野球人らしい独特の表現である。

 守備側のわずかな気配を察知し、次の塁を狙う。打者の傾向やバッテリーの配球によって、守備位置を少し変えてみる。強者揃いのプロ野球の世界で成功するには、そんな工夫が必要なのである。

 球界トップクラスの二塁手である菊池涼介の数々のファインプレーも身体能力だけで成り立っているわけではない。経験からくるポジショニングが好守の土台となっていることを彼は強調する。

 『脚力A』『高校通算○○本塁打』『遠投○○メートル』。我々野球ファンにとっては、選手の特長を把握するのに分かりやすい表現ではあるが、選手を見極める情報としてこれでは不十分なのである。

 野球の試合を視察するとき、『苑田流』ともいえる動きがある。試合中に、座席を移動しながら選手を見るのである。スカウトといえば、バックネット裏の正面からスピードガンやストップウオッチを手にする姿の印象が強い。もちろん、それがベースになるものであろう。しかし、見る角度を変えることによって見えてくるものがある。

 苑田が球場での位置取りの法則の一端を教えてくれた。

「打者と野手を結んだ線上で見ることです。例えば、セカンドの守備を見る場合。セカンドの選手と打者を結んだ線の後方に座ります。すると、(投球の)コースによって、守備位置を少し変えていることが分かったりします。視野の狭い選手はそういうことができません。逆に視野の広い選手は自然にスーッと動くことができていますから、これができる選手を見つけないといけません。ランナーの場合も、同じように状況によって動きを変えられる選手を見ることができます」

 もちろんベンチからの指示もあるだろうが、苑田は、選手本人の考えからくる『わずかな動き』こそ見逃さないのである。

 苑田には、もうひとつの『特等席』がある。両軍ベンチの後方である。さすがに、ベンチの真上とはいかないが、対角するベンチのなかが見える位置ということである。

「ベンチのなかでの選手の表情を見ます。投手なら打たれたあと。打者ならチャンスで凡退したあと。そこで、『しゅん』となっている選手に魅力は感じません」

 野球は球を使った競技である。しかし、苑田は、球から離れているときの選手の動きや表情も見ているのでる。

 スカウトといえば、ネット裏というイメージが強い。球場内で座席を移動するスカウトはあまり目にしたことがない。しかし、彼自身に、特別なことをやっているという意識はない。むしろ、現役時代から、このような野球の見方を徹底されてきたのである。

「古葉監督はもちろん、広岡さん、根本コーチらにそういうことを徹底されてきました。ジョー・ルーツ監督もそういうことに厳しかったです。状況を見ておけ! 相手のクセを見ておけ! と言われてきました」

 『近代の野球』『カープの野球』などということではない。勝つためには何ができるのか。さらには、自分が野球の世界で生きていくためにはどうすればいいのか。そんな強烈な思いの発露なのである。

 広い視野からの緻密な野球は、1950年のカープ設立とともに入団、1960年代に監督を務めた草創期の大エース・長谷川良平の時代からの教えだった。

 高校時代『九州ナンバーワンスラッガー』と名を馳せた強打者の苑田ですら、プロ野球の世界で生き抜くために広い視野と工夫が必要とされた。苑田と二遊間を組み、天才打者と称された三村敏之もランナーを進める右打ちに自分の役割を見出した。髙橋慶彦や山崎隆造の機動力もたぐいまれなスピードに加え、相手投手の研究があってこそのものであった。近年では、菊池の守備も同様である。前後左右への抜群の動きだけではない。相手打者の傾向などによって、ポジショニングに工夫を施しているのである。

 苑田は、そんな選手を発掘すべく、真後ろから、斜めから、角度を変えながら選手を見つめていく。

●苑田聡彦 そのだ・としひこ
1945年2月23日生、福岡県出身。三池工高-広島(1964-1977)。三池工高時代には「中西太2世」の異名を持つ九州一の強打者として活躍し、64年にカープに入団。入団当初は外野手としてプレーしていたが、69年に内野手へのコンバートを経験。パンチ力ある打撃と堅実な守備を武器に75年の初優勝にも貢献。77年に現役引退すると、翌78年から東京在中のスカウトとして、球団史に名を残す数々の名選手を発掘してきた。現在もスカウト統括部長として、未来の赤ヘル戦士の発掘のため奔走している。