◆足は文句なく合格、肩と守備も十分素質がある。ただ……
タイプとしては、同じく高校時代に投手だった髙橋慶彦の入団時に似て、体にバネがあって地肩も強い選手でした。球団としては「慶彦と同じようにショートを守れる内野手になってくれれば」という狙いで獲得する事を決めました。足を生かすために髙橋慶、山崎隆造、正田耕三など、カープ往年の内野手と同じく、スイッチヒッターとして左打ちも始めることになりました。
ウエスタンでは一番打者に定着し、2年目の1995年から4年連続で盗塁王にも輝きました。しかし一軍の本格的なデビューはプロ6年目の1999年、24歳の時です。
足の速さを考えたら若いうちから一軍で使われていてもおかしくなかったのですが、走るスピードだけでなく、投手のモーションを盗んだり、スピードを落とさずタッチをかわしてベースを陥れるスライディングといった、盗塁に必要なあらゆる技術を極める事。そして自分のバッティングで出塁できる事。この二つができるようになるまで、一軍の出番はありませんでした。
盗塁王に輝いた4年間のウエスタンでの通算打率は.256。もし3割近く打って出塁をしていたら、盗塁数ももっと増え、一軍デビューも早かったかもしれません。
入団時の評価も「足は文句なく合格。肩と守備も十分素質がある。ただバッティングは多少時間がかかるかも知れないな」という感じでした。そこで彼はスイッチヒッターの先輩達と同様に、左右両方の打席で猛練習を重ねました。その甲斐あって、あとから始めた左打席で2003年にはプロ入り初ホームランを放つなど、年々打撃力をアップさせているようです。
また、守備面では、内野手としてのスローイングが課題と言われているようです。元来投手でしたから地肩は強いのですが、セカンドやショートに必要なスナップスローを身につけるのにかなり苦労したのではないでしょうか。足が速くて肩もいいので、外野手としての適性もあるように思いました。山崎隆造や木村拓也、岡上和典と同様、カープの野手に多く見られる内野・外野どちらでも守れる選手に成長したのも大きいと思います。
性格的にはおとなしくて礼儀正しい子だったように思います。緒方も、浅井も、黒田もそうだったように、カープに入ってくる選手はおとなしくて、なおかつシンの強い子が多いようです。そういう性格の選手は指導者からのアドバイスを素直に聞き入れ、地道に努力して自分のスタイルを確立するから伸びていくのでしょう。福地も多少時間はかかりましたが、元来持っていた俊足という素質をフルに生かしながら、足りない部分を努力で補いました。彼もまた、スカウトする側から見るとプロで成功した選手の一人なのではないかと思っています。
【備前喜夫】
1933年10月9日生-2015年9月7日没。広島県出身。旧姓は太田垣。尾道西高から1952年にカープ入団。長谷川良平と投手陣の両輪として活躍。チーム創設期を支え現役時代は通算115勝を挙げた。1962年に現役引退後、カープのコーチ、二軍監督としてチームに貢献。スカウトとしては25年間活動し、1987~2002年はチーフスカウトを務めた。野村謙二郎、前田智徳、佐々岡真司、金本知憲、黒田博樹などのレジェンドたちの獲得にチーフスカウトとして関わった。
