1月18日、カープの新外国人選手、ケビン・クロンの入団会見が行われた。得点力アップの鍵を握るクロンが加入し、春季キャンプに向けて着々と陣容が整いつつあるカープ。この企画では、過去10年、カープに在籍した主力外国人選手がどんな決意でカープのユニフォームを纏ったか。当時の言葉と共にカープでの活躍を振り返っていく。

2012年シーズン途中にカープに加わったブラッド・エルドレッド選手。2014年には本塁打王、2016年には来日通算100本塁打を記録するなど、チームを代表するパワーヒッターとして活躍した。

◆25年ぶりの優勝にも貢献した巨漢の大砲

ブラッド・エルドレッド(2012ー2018年)
<カープでの通算成績:577試合/打率.259/133本塁打/370打点)

 2012年、ペナントレース前半戦も残りわずかとなった6月下旬に、チームの一員となったブラッド・エルドレッド。この年、長距離砲としての活躍が期待されたニック・スタビノアが怪我で離脱したため、その代役として白羽の矢が立った。

「パワーをいかしたバッティングをするのが自分の持ち味です。とにかく打点を挙げて、たくさん本塁打を打ちたい」と意気込みを語ったエルドレッドの言葉通り、チームが求めたのは196cm・122kgの体の大きさを生かした長打力。この年、3Aで24本塁打(63試合)を放っており、当時チームの課題でもあった、パワーヒッターとしての活躍が期待された。

 シーズン途中から一軍に合流したエルドレッドは、この年、65試合の出場で11本塁打を記録。翌年以降も、長距離砲として活躍を続けると、来日3年目の2014年には37本塁打を放ち、自身初のタイトルとなる本塁打王を獲得した。カープ在籍外国人選手の本塁打王獲得は、1987年のランス以来、27年ぶりの快挙となった。

 その後、2016年には来日通算100本塁打。この年からの3連覇中も自慢の長打力を発揮した。また、カープ在籍期間7年は、球団歴代1位の記録として輝いている。

 また、エルドレッドは、“カントリー”の愛称でチームメートからも慕われ、2017年のリーグ優勝時には、当時故障により長期離脱中だった鈴木誠也を背負いグラウンドに登場。チームメートに対する愛情の深さを見せつけた。

 現役引退を決めた2019年には、外国人選手としては珍しく、これまでの功績を称えて、球団が引退セレモニーを開催。現在は、駐米スカウトとして活躍し、現役を退いた後もカープに貢献している。

◆初のCS進出の原動力となったハワイアン

キラ・カアイフエ(2013ー2014年)
<カープでの通算成績:154試合/打率.258/25本塁打/85打点)

 2013年の6月、シーズン途中にカープに加わったキラ・カアイフエ。メジャー通算15本塁打を放つなど、メジャー経験もある助っ人は、当時、得点力不足に悩んでいたチームが喉から手が出るほど獲得したかった長距離砲だった。

 背番号13のユニフォームを着て会見に臨んだキラは、「非常に興奮しています。自分の力でチームを助けたい」と意気込みを語り、すぐにチームの練習に合流した。

 この年、3Aながら53試合で16本塁打を放っていたが、キラは「本塁打というのは自分の特長で、それを変えることはありませんが、アベレージも残せる完成した打者だと思っています」と力を技を兼ね備えた打者であるとアピールした通り、ファンの期待を大きく上回るデビューを果たす。

 二軍での調整後、7月9日に一軍昇格すると、その日のDeNA戦(横浜スタジアム)で「5番・ファースト」でスタメン出場。すると第3打席に三嶋一輝からセンターバックスクリーンに飛び込む来日初ホームラン。キラはこの3連戦すべての試合でホームランを放つなど、3連戦で10打数5安打、4本塁打、10打点、打率.500を記録。来日初戦から3試合連続での本塁打は、プロ野球新記録となった。

 わずか3試合で首脳陣の信頼を勝ち取ったキラは、後半戦からクリーンナップに定着。66試合の出場ながら、14本塁打・45打点をマークする活躍をみせ、チームの得点力を向上させる原動力となり、16年ぶりのAクラス入りに大きく貢献。また、CSファーストステージの阪神戦初戦で、藤浪晋太郎からライトスタンドに放った勝ち越し3ランは、この年のキラの活躍を印象付ける本塁打となった。

 ちなみにキラはハワイ州オアフ島出身。ハワイ出身のプロ野球選手としても話題となった。

2013年シーズン途中にカープに加わったキラ・カアイフエ選手。持ち味の長打力でAクラス入りに大きく貢献。来日初戦からの3試合連続本塁打は、プロ野球新記録となっている。