5月14日、カープが松山竜平を4番に置くラインナップで、久しぶりに快勝を収めた。現在、チームはクリーンアップの復調が課題となっているだけに、1安打とはいえ打点につながる一本が出たことは光明だ。ここでは入団当初から主軸定着が期待されていた松山の、ルーキー時代の声をお届けする。
(『広島アスリートマガジン』2008年7月号掲載)

ルーキーイヤーは2試合のみの一軍出場にとどまったが、2年目以降はコンスタントに試合出場を果たしている松山竜平選手。

― 松山選手にとってプロ野球選手として、ここまで激動の5カ月だったのではないでしょうか。キャンプでは豪快なバッティングで連日快音を響かせ、首脳陣から好評価を得ました。

「バッティングの方では自信はあったんですけど、実戦に入っていく中でやっぱり自分の弱点を相手に見抜かれて結果も残せなくなっていきました。最初は行けると思っていたんですけど、プロの世界はそんなに甘くないなと痛感させられました」

― プロの世界が厳しいと感じたものは何だったのでしょうか?

「自分はストレートには強いんですけど、変化球に対して待ちきれないというところがあります。また、配球を読むタイプではないので、配球を組み立てられてコースを突かれると、一軍の投手は簡単に打てないなと感じました」

― ウエスタンの打撃3部門全てで上位にランクインするなど、圧倒的な存在感を示し4月24日に初の一軍昇格を果たしました。

「自分の中では、やっぱりスタメンで出してもらいたいという気持ちがありました。ただ自分の守備ではスタメンは厳しいと分かっていたので、代打でどれだけ結果を残せるかと考えて試合中もずっとバットを振っていました」

― 昇格した日に代打として登場し、プロ初打席に立ちました。

「一球振ったら緊張はなくなりました(空振り)。とりあえず一球目をどんな形でも良いので、振ってやろうと思っていたので、それで吹っ切れた部分がありました。ただ最後は少し甘い球を打ち損じてしまいました」

― 結果セカンドゴロに倒れ、4月27日の横浜戦では空振り三振。2打数ノーヒットのまま二軍降格となりました。二軍での打席と一軍での打席。違いは何だったのでしょうか?

「二軍の時は早く一軍に上がりたいという強い気持ちでガムシャラにボールに食らいついていたので、結果も残ってきていたのだと思います。それが一軍に上がってからは、結果を求めてしまい自分の思ったスイングができていなかったように感じます。精神的に気持ちが前に出ないと、やっぱりバットも出てこないんですよね。今の守備力ではスタメン出場は難しくて出場機会も少ないので、とりあえず二軍でもっと試合経験を積んで、守備も安心して見られるようになって戻ってきてほしいと言われました」