◆2人がカープを離れていた時期に変化した石原の立ち位置

 そんな偉大な先輩ふたりとの交流も、プロ野球の世界ではそう長くは続かなかった。

 2007年のオフ、黒田は海を渡りメジャーリーグのロサンゼルス・ドジャースへ、新井はFA権を行使して阪神へそれぞれ移籍した。

 その後の石原は、精神的支柱だった2人がいなくなったあと、チームのリーダー的な役割を期待されるようになり、苦悩することもあった。入団以来、カープが長くBクラスに低迷していたことに責任も感じていた。

 2009年に第2回ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表に選ばれたり、2010年には国内フリーエージェント権を取得してカープ残留を決めるなど、これまでにない貴重な経験もしている。

 2010年のシーズンからは共にプレーをした野村謙二郎監督が就任。選手の世代交代を一気に進めた。

 前田健太、野村祐輔、菊池涼介、丸佳浩といった若手が年ごとに台頭してくる中、同じ捕手の會澤翼が若手ながら一軍に定着するようになると、石原はこれまでの後輩との距離感について見つめ直し、以前よりも積極的にコミュニケーションをとるようになっていった。

 こうしたタイミングで迎えた2014年オフ。思いがけぬ流れが重なり、黒田と新井が揃ってカープに復帰するという奇跡が起きた。

 数年ぶりに石原とチームメイトになった2人は、外で様々な経験をしてきたにもかかわらず、基本的な姿勢に変わったところは一切なかった。

「どうすれば、カープが強くなるか?」

 3人で食事をしていると、行き着くところはやはりその話になる。

 まったくブレない先輩の会話を石原は若手の頃と同じように聞き入ることが多かったが、以前とは違い、話の内容についていけるし、自分の意見も言えるようになっていた。

 チームは若返りが進み、黒田と新井が以前カープに在籍していたときを知る者は少なくなっていた。石原は2人と若手の間をつなぐ役目を買って出るようになる。

 また、石原自身、ベテランの域に入りつつあり、気づいたことを率直に進言してくれる人が身近にいなくなっていた中で、自分を律してくれる2人の復帰は、自身を初心にかえらせてくれた。

 偉大な先輩とのコミュニケーションは、石原にとって貴重な“道しるべ”となり、進むべき方向性を導いてくれていた。カープが念願のリーグ優勝に向けて躍進する準備が、いよいよ整いつつあった。

(vol.3に続く)

◆著者プロフィール
キビタキビオ
1971年生まれ、東京都出身。2003年に『野球小僧』(白夜書房)にて、野球のプレーをストップウオッチで計測・分析する「炎のストップウオッチャー」でライターデビュー。同誌の編集部員となり約9年務めたあと、2012年春からフリーとなり、雑誌記事の取材・執筆や書籍の編集協力・構成等に携わる。『野球人生を変えたたった一つの勇気~18・44mのその先に』(石原慶幸/サンフィールド)では構成を担当。『球辞苑』(NHKーBS)などのテレビ番組やイベントにも出演する。

◆書籍紹介
石原慶幸著『野球人生を変えた たった1つの勇気〜18.44mのその先に〜』(サンフィールド)
元広島東洋カープ・石原慶幸さん初の著書。野球を始めた幼少期から、高校・大学時代、そして広島東洋カープでプレーした19年間を軸に、捕手として生きてきた“石原氏独自のコミュニケーション”をコンセプトとした1冊。野球観を変える転機となったマーティー・ブラウン監督との対話、カープ低迷期の苦悩からリーグ3連覇までの舞台裏、さらに石原氏のキャリアで大きな影響を与えた黒田博樹氏、新井貴浩氏との秘蔵エピソードなど、これまで明かされることのなかった石原氏の思いも注目。