サンフレッチェ広島に12年間在籍し、3度の優勝に貢献した佐藤寿人。歴代2位となるJ1通算161得点、Jリーグ最多となる通算220得点など、ストライカーとして数々の金字塔を打ち立て、2020年に現役を引退した。引退後は指導者・解説者として新たなサッカー人生を歩き始めた佐藤寿人に、広島への思い、サンフレッチェへの思いを聞いた。

現在は、指導者・解説者として活躍する佐藤寿人氏。

ーサンフレッチェ広島での12年間。佐藤さんにとってはどんな時間でしたでしょうか?

「いろんなことがあった12年間でしたし、いま振り返っても“出来すぎではないか”と思うほど、中身の濃い濃密な時間でした。J2降格など不甲斐ない結果に終わった年もありましたが、苦しい時にこそ、広島のみなさんがサンフレッチェを支えてくださったのが何よりも思い出に残っています。そして、みなさんの支えがあったからこそ、3度の優勝につながったと思っています。正直、サンフレッチェに移籍を決めたときは、12年間もプレーするとは思っていませんでした。12年前は、サッカーの試合で1度しか来たことがない街でしたが、いまでは、広島に帰ってくると、“あぁ、帰ってきたなぁ”と感じる自分がいます。人生なにがあるか分かりませんね」

ー広島は数多くのスポーツチームがあり、スポーツを身近に感じられる街だと思います。そんな広島の街と、今後どんな風に関わっていきたいと考えていますか?

「スポーツに関して言うと、育成の部分で、選手が育っていく環境づくりに携わっていけたらという思いがあります。たとえばサンフレッチェが3度優勝を達成できたのは、チームとしての育成の成果が出たものだと思うので、そういう意味でも、育成にしっかりと取り組んでいかないといけないと感じています。サンフレッチェだけに限らず、広島のスポーツチーム全体の育成レベルを上げていく必要があると思っています」

ー今は指導者としてどんな活動をされていますか?

「主に育成年代の子ども達を教える機会をいただいています。そのなかでも、ストライカーのポジションを担う選手を指導する機会が増えています」

ー佐藤さんの声を待っているサンフレッチェサポーターはたくさんいると思います。あらためてメッセージをいただけますでしょうか。

「広島のみなさんの前で、引退の報告ができていないのは申し訳ない限りです。ただ、僕の意思で移籍したにも関わらず、対戦相手として、広島のスタジアムに戻ってきたとき、サポーターのみなさんは優しく熱く迎えてくださり、その時は特別なものを感じました。また一緒に戦っていきたい思いはあるので、12年間という年月に、1年でも多く戦いの歴史を積み上げていくことができればうれしいです。そのために、今後もサッカーについて勉強を重ねていこうと思っています。また一緒に戦える日がくることを楽しみにしています」

●佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生、埼玉県出身。市原(現千葉)ユースから2000年にトップ昇格。C大阪、仙台を経て、2005年にサンフレッチェに移籍。3度のリーグ優勝に貢献し2012年にはMVPと得点王を獲得した。2017年に名古屋に移籍し2019年からは千葉でプレー。2020年限りで現役引退。通算のJ1得点数は歴代2位を誇る日本を代表するストライカー。

取材・文/広島アスリートマガジン編集部 真田一平