スポーツジャーナリストの二宮清純が、ホットなスポーツの話題やプロ野球レジェンドの歴史などを絡め、独特の切り口で今のカープを伝えていく「二宮清純の追球カープ」。広島アスリートマガジンアプリ内にて公開していたコラムをWEBサイト上でも公開スタート!

 メジャーリーグでプレーした経験も持つ元中日の川上憲伸がカットボールを覚えてから大きく飛躍したことは、よく知られている。2度(2004、06年)の最多勝はカットボールを抜きにしては達成できなかっただろう。

 明治大から逆指名で中日に入団した川上は、ルーキーイヤーの1998年、14勝6敗、防御率2.57という好成績で新人王に輝いた。しかし、翌99年は8勝9敗、00年は2勝3敗、01年は6勝10敗と、勝ち星は1ケタが続いていた。

 中日には新人王を獲ったものの、翌年以降、精彩を欠くピッチャーが多く、「結局、憲伸も最初だけだったな」という声が、本人の耳にも入ってきたという。2年目のジンクスというわけだ。

 このままではクビになってしまう。ワラにもすがる思いでマスターしたのが、01年の秋季キャンプから見様見真似で投げ始めたカットボール。本人によるとヤンキースのクローザー、マリアーノ・リベラの投げ方を参考にしたという。

 ピッチャーとバッターの関係は、いわば“いたちごっこ”である。痛い目に遭ったバッターは「同じ轍を踏まない」とばかりに、その原因を探り、新シーズンに備える。つまりピッチャーからすれば前年と同じ手は使えないのだ。

 入団2年目以降、川上はこのことに気付かず、14勝をあげたルーキーイヤーに戻ろうとしていた。ビデオでフォームをチェックし、再現性を高めようとしていた。しかし、それでも結果はついてこない。入団4年目のオフ、やっと「プロ野球は2度と元には戻れない世界なのだ」ということに気付き、新球を開発してから道が開けたというのである。

 今年のカープはルーキー投手の当たり年だった。新人王に輝いたクローザー栗林良吏を筆頭に、左のセットアッパー森浦大輔、リリーフと先発の2役をこなした大道温貴も評判通りの活躍を演じた。

 しかし、来シーズンも同じように活躍できるかどうかはわからない。「壁にぶち当たった時には戻るのではなく、先に進まなければならない」。自身の野球人生を振り返り、川上憲伸は、そう語っていた。

(広島アスリートアプリにて2021年12月20日掲載)

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二宮清純(にのみや せいじゅん)
1960年、愛媛県生まれ。明治大学大学院博士前期課程修了。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。ちゅうごく5県プロスポーツネットワーク 統括マネージャー。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック・パラリンピック、サッカーW杯、ラグビーW杯、メジャーリーグなど国内外で幅広い取材活動を展開。『広島カープ 最強のベストナイン』(光文社新書)などプロ野球に関する著書多数。ウェブマガジン「SPORTS COMMUNICATIONS」も主宰する。