即戦力野手として入団したものの、一軍春季キャンプでプロのレベルを突きつけられ二軍に降格。小窪哲也のルーキーイヤーは、ほろ苦い形でのスタートとなった。しかし二軍戦で開幕から結果を残し続け、4月26日には早くも一軍昇格が決定。後に選手会長も務める小窪の、デビュー直後の声をお届けする。
(広島アスリートマガジン2008年6月号掲載)

2007年のドラフトで、カープが小窪選手を大学生・社会人3巡目で指名。即戦力野手の期待をかけられての入団だった。

― 開幕一軍入りこそ逃しましたが、二軍では開幕から常に二番でスタメン出場。そして打率3割5分の数字を残すなど攻守ともに結果を残し、4月26日に一軍昇格を果たしました。自らの力で勝ち取った一軍行きの吉報を聞いたときはいかがでしたか?
「由宇での阪神戦が終わって大野寮に戻って来た後に、田村さん(二軍マネージャー)から聞いたんです。ただ、いきなり『横浜に行け』と言われて。時間がなかったので実感もなく、急いで準備しました」

― 昇格した日に一軍デビューとなりました。初打席は代打での登場でした。
「打席に入る前から送りバントと言われていたので、とりあえず決めなきゃいけないと思って打席に入りました。バッターボックスに入るまでは緊張していたんですけど、バッターボックスに立って、相手ピッチャーを見た途端に意外と緊張が解けました」

― 当時、二軍でリーグトップの7犠打を決めていたことも、打席の中での余裕に繋がったのでしょうか?
「はい。それはあると思います」

― 代打できっちり送りバントを決め、4月29日の巨人戦ではスタメンに起用されました。
「スタメンでもそんなに緊張しなかったですね。打席に入ったら野球をするだけですから。特別なことをするわけではないですし、今までやってきたことをやって、それでダメだったらファームへ行って鍛え直せばいいやと思っていました。だから今までやってきたことに自信を持ってプレーしました」

― 平常心で臨んだ結果、昨年最多勝のグライシンガーから2安打を放ちました。一軍でやっていく自信になったのではありませんか?
「そうですね。毎回毎回、失投が来るほど甘いものではないと思うんですけど、甘い球が来たら打てるという自信は掴みました」

― 二軍でずっと二番を任されてきましたが、二番に座った4月30日の巨人戦ではノーヒットでした。一軍での二番に何か気負いはあったのですか?
「特に意識はしていなかったんですけど、初回に赤松さんがホームランを打った後に、自分はセーフティー(バント)をしようか、何か違うことをしようかといろいろ考えてしまいました。それが反省点です」

― どちらかというと、打席では何も考えずに打席に入るタイプですか?
「何も考えないというよりは、1球目から甘い球を狙って打ちに行こうと意識しています。一軍と二軍との違いは甘い球があまり来ないということだと思います。だから、常に甘い球を狙っています」