1975年の初優勝以来、カープ黄金期を築いたレジェンドOBたち。往年の名選手がカープへの熱い思いを語った『広島アスリートマガジン』連載記事を再掲載する。
カープのエース左腕として黄金期を支えた大野豊氏。一度は出雲信用組合に就職して営業マンとして働き始めるも「プロ野球選手になりたい」という思いは増していき、ついに特例での入団テストを受験することになる。後の大投手が、プロへの第一歩を踏み出した日を振り返る。
(『広島アスリートマガジン』2004年12月号掲載記事を再編集)(全10回/第4回)
◆特例だった、二軍キャンプでの入団テスト
私が巨人でも阪神でもなくカープを希望したのは、プロになると最初のうちは母と離れて暮らすことになるので、行き来できるように実家から最も近いチームが一番良いと思ったからだ。
さらに、出雲市信用組合時代に野球教室でお会いした山本一義コーチは、高校時代にお世話になった監督・谷本(武則)さんの法大時代の後輩だという。同コーチの紹介で私は2月から呉市の二軍キャンプでテストを受ける事になった。
私は会社の野球部の監督でもある常務に退職届を出して、入団テストを受けることを打ち明けた。常務は「そこまで本気なら行って来なさい。しかしこれは受け取れない。テストの事は私の胸に収めて置くから、親戚の結婚式とか旅行とか何でも理由をつけて休暇届を出しなさい。落ちた時は会社に戻って何喰わぬ顔をして仕事を続ければいい。こんなもの(辞表)は後で破って捨ててしまえば問題ない」と辞表を預かってくれた。改めてその心遣いに大変感謝している。
ただ、私を21年間女手一つで育ててくれた母には、入団テストの事を出発前夜になっても打ち明けられなかった。結局当日の朝、「テストを受けに行く」とだけ言って、実家を出発したのである。出雲市駅には、野球部で先輩エースの金山(幸生)さんが見送りに来てくれた。

