個性豊かな歴代エースたちから学んだこと

 加えて、彼が恵まれていたのは、エースとの出合いだった。年代も近い黒田博樹からは、野球への取り組み方や責任感を改めさせられた。

 39歳にしてオールスターに出場した高橋建からはシュートを含めた、配球の学びがあり、リードの重要性や楽しさを学んだ。前田健太(現ツインズ)とはコンビを組む中で、18.44メートルを挟んでの対話ができた。その集大成が2012年4月6日、DeNA戦でのノーヒットノーランだった。

 倉がプレーしたのは、チームの低迷期が中心だったが、「いい時代にプレーできた」と振り返る。

 2016年シーズン後に現役引退し、4年間にわたって二軍バッテリーコーチを務めてきた。基本を積み重ねてきたノウハウや姿勢は、中村奨成ら未来の中心選手の土台固めにマッチした。そして2020年、彼の指導の場は一軍に移った。新たな指揮官は佐々岡真司、倉が現役19年のキャリア初期に出合ったカープ投手陣の大黒柱である。佐々岡の投球からは、多くのことを学んできた。

「速いストレートだけでなく、バットの芯を外す投球術がありました。打者に気持ちよくスイングをさせていませんでした」

 忘れられない光景がある。ボールは一見すると甘く入っているにも関わらず、打者は凡打している。投げた佐々岡に失投したような雰囲気はない。倉は、試合後に理由を尋ねてみた。

「コントロールミスをしても打ち取ることのできる配球をしていたんです。例えば、打者がシュートを意識しているなら、スライダーは甘く入っても大丈夫。佐々岡さんは、そういう意識を持っていたようです」

 今度は、あのとき仰ぎ見た大エースをベンチからアシストするのが役割である。

「勝てるキャッチャーを、勝つ野球を。そのためには僕も勉強が必要です」

 あのとき、エースたちが持っていた『1球への情熱と根拠』をチームの共通するベースにしなければならない。だからこそ、捕手は考えなければならないのである。

 新型コロナウイルスの感染拡大でチームは全体練習を行えず、分離しての練習の時間が長く続いた。バッテリーコーチの倉が、捕手の練習を見られない時期もあった。しかし、倉は選手たちに具体的な課題を与えなかった。その狙いには深いものがある。

「自分でやりなさいということを(若手捕手らに)言ってきました。自分で考える力が必要です。足りないことを自分で知る、そこで考えて何をやるかということです」

 チーム練習が再開して選手らのキャッチングを見ると、限られた時間でもしっかり取り組んでいたことがはっきりと見えた。円熟の會澤がいる、ベテラン石原がいる、伸び盛りの坂倉の存在も大きい。二軍には昨年まで鍛え上げてきた若手が名を連ねる。

 さあ、実戦だ、開幕だ。最優先は試合での勝利である。ただ、この場所でこそ、キャッチャーは成長できることを基本を積み重ねた苦労人は知っている。

<著者プロフィール>
坂上俊次(さかうえしゅんじ)。中国放送アナウンサー。 
1975年12月21日生。1999年に株式会社中国放送へ入社し、カープ戦の実況中継を担当。著書に『カープ魂 33の人生訓』、『惚れる力』(サンフィールド)、『優勝請負人』、『優勝請負人2』(本分社)があり、『優勝請負人』は、第5回広島本大賞を受賞。現在『広島アスリートマガジン』、『デイリースポーツ広島版』で連載を持っている。

広島アスリートマガジンの名物連載『赤ヘル注目の男たち』でもおなじみ、坂上俊次さん(中国放送アナウンサー)が執筆した書籍『「育てて勝つ」はカープの流儀』(カンゼン)が絶賛発売中!

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