新井貴浩監督の就任会見から2週間。コーチ人事も続々と発表され、新体制への注目と期待はますます高まるばかりだ。

 広島アスリートマガジンでは、これまで、現役時代〜引退後にかけて新井監督の声をファンへ届ける独占インタビューを掲載してきた。ここでは、2019年1月号『永久保存版 新井貴浩』より、インタビューの一部を再編集して掲載。今回は新井監督がプロ2年目を終えた直後に聞いた独占インタビューをお送りする。

 プロ2年目となる2000年、チーム3位となる16本塁打を放ち存在感を見せた新井。 豪快なフルスイングから放たれる大飛球に、誰もが右の大砲候補としてさらなる期待を寄せた。 年男として迎える翌年に向けて、若きスラッガーはレギュラー獲りに意気込んでいた。

◆やっぱりホームランを打ちたい

バットを振り込む新井貴浩

─2000年は16本塁打を記録されました。この1年間を振り返っていただきましょう。総括すると、満足度は何パーセントぐらいでしたか?

 「満足度ですか? 満足度って分かんないですし、今年は満足していませんね。やっている時は一生懸命だから分かんないですけど、全部終わってから振り返ってみると、『あの時はもっとこうできたんじゃないか』とか、そういうことばっかりなんですよ。反省することばっかりではないですが、全然物足りないっていうか。終わってみて考えたら欲目になるんですよ。そういう意味で。だから、満足度とかそういうのはないですね」

─例えば、あの時こうしておけば、みたいなのはどんな場面でした? 一番多いのはどの辺の要素なんでしょうか?

 「それは……得点圏にランナーがいる時、チャンスの場面ですね。特に1アウト3塁とか。そういう時に三振とかしたりした時とかは、『なんで……』と。バットに当てるだけで1点入る訳ですからね、そういう時は思いますね」

─今年はチームで3番目に多いのホームラン数でしたが、これに関しては?  「でも16本じゃないですか」

─打数が少ない中でのこの本塁打率っていうのはすごい数字ですよね。

 「やっぱりホームラン打ちたいです。いいですねぇ、ホームラン。ホームラン大好きですよ」

─今年は、最初から一番何を目標に置いて取り組んだんですか?

 「最初は『とにかく球を遠くに飛ばす』ってことから入ったんですよ。紅白戦、オープン戦ってうまくいったんですけど、いざ開幕してからは、相手の球のキレとかも……キレっていうか気持ちの入れ方が違うじゃないですか。オープン戦とシーズン入ってからでは。ピッチャーも最後の最後で指先に力を込めて、気持ちの入れ具合からやっぱり球も違いますし、コントロールもそんなに甘いもんじゃなくなってくるんですよ。向こうも『絶対打たれんわ』みたく投げてますから。真剣勝負になってきますからね。オープン戦とかはまだそういう段階ではないですからね。自分に対して調整してやっている感覚がありますから。だから、いくらオープン戦、紅白戦で打ててもダメだなっていうのが。ただ、自分も漠然とやっていましたね、遠くに飛ばそう、ただ大きいホームラン打ちたいっていう感じで。ただ、漠然とやってたからこそ、いざ開幕するとインコースを攻められてバラバラになった。だから、もっとキャンプから自分の中で具体的に細かく分けて消化しないといけなかったんですけどね。ただ漠然とやってたんで、それが失敗というか……いい経験になりましたね」

─開幕して前半戦、自分では納得いかなかったのですか?

 「納得っていうか。打てるような気がしなかったですもんね。最初の最初でつまづいたんで。開幕2戦目のガルベスですか? 1戦目が上原(浩治)さん……2戦目ガルベスだったよな?(と近くにいた東出輝裕選手に聞く)で、スタメンで出たんですよね。ガルベスはシュートを持ってるじゃないですか。で、僕も2年目ってことで相手バッテリーもウィークポイント攻めてくるんですよ。もうインコースしか来なかったんです。しかもアウトコースを使わずに、インコースの出し入れでずっとやられたんですよ。分かります? 普通、アウトコースの出し入れでくるじゃないですか。インコースのここらへんで(と、自分の胸を指差す)。それでもう狂ってしまって。『インコース、インコース、インコース』ってすごい頭にあって、攻めてくるだろうなって思ってるから『インコースを打ってやろう』と思うじゃないですか。だから逆にインコースのボール球とかにも手が出てしまう。で、アウトコースの甘めの球がすごく遠く見えるんですよ。だから、バッティングが訳が分からなくなって……。そこから立ち直るまでがちょっと遅すぎたんですかね」

─ただ、終わってみればこの数字でした。中盤以降、何か上昇のきっかけがあったのですか?

 「きっかけですか……やっぱり下半身で打たないといけないっていうのを意識しだして、あとはやっぱり慣れって言ったらおかしいですけど、野村(謙二郎)さんが故障されて、スタメンで出る機会が多くなったじゃないですか。でも守備も最初の頃はエラーばっかりして全然ダメでした。後々エラーが少なくなってきたので、慣れっていうのもありますね」